中西輝政 (京都大学教授)
 ウクライナ東部では親ロシア派武装勢力が占拠を続け、解決の見込みは依然立たない。この危機に対し、米国とEU、日本は今後一致してロシアに厳しく対処しなければならない。

  3月18日にロシアが力づくでクリミアを併合した後、ウクライナ東部でも親ロシア派武装勢力による公共施設などの占拠が広がった。4月17日の「ジュネーブ四者合意」にもかかわらず、筆者が本稿を執筆している4月下旬の時点で、この親ロシア派の武装解除や公共施設の明け渡しは履行されておらず、早期に事態が打開される見込みは立っていない。これは、冷戦後の国際秩序が崩壊の瀬戸際にあることを意味している。
 今回の事態を招いたのは、ウクライナに対するロシアの野心に加え、ウクライナの将来像をめぐる米欧間のズレ、そして何よりも米国の弱腰な外交姿勢に原因があったといえる。しかし、この危機に際し米国とEU、そして日本は何よりも一致してロシアの行動に対し厳しく対処していかなければならない。
  米国とEUや日本の間に少しでも亀裂を見出せば、ロシアはさらにつけ込んでくるだろう。日本にとって問題はそれだけでは済まない。中国である。米国と日本の間にクリミア併合に対するスタンスのズレ、あるいはロシアに対する制裁に歩調のズレを見出せば、中国はここぞとばかり日米間に楔を打ち込み尖閣諸島をめぐる攻勢を強めてくるだろう。
  たしかに、後で見る通り4月の日米首脳会談で、米国のオバマ大統領は明確に日米安保の尖閣への適用に言及した。しかし、歴史問題を絡めてさらに日本を孤立させ尖閣奪取につなげようとする中国を前にして、日本はこれまで以上に緊密な日米同盟の維持に一層の努力を払う必要があるのである。

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日米首脳会談の様子(4月24日、東京都港区
元赤坂の迎賓館にて、提供・代表撮影/
ロイター/アフロ) 

 今回のロシアによるクリミア編入は、中長期的に世界情勢を見たとき十分予見できたはずの米国一極集中の退潮→世界の多極化という流れを端的に示したもので、その点では起こるべくして起こった出来事である。短期的にウクライナをめぐる事態は予断を許さないが、一方で日米欧が再び「西側」として責任ある先進国の枠組みを形成し、今後の世界秩序をどう維持していくかを議論する貴重な機会としなければならない。


世界秩序の変化示すロシアのクリミア編入

 ロシアの今回の動きを、“新冷戦”構造の誕生だという向きがあるが、これは皮相的な見方であろう。
 1989年のベルリンの壁崩壊後、いわば米国一極主義の力に任せた形で、米欧側はポーランドやバルト3国をNATOあるいはEUに加盟させ、欧米の勢力圏を史上かつてない範囲にまで東方に拡大させてきた。
 しかしこれは、ロシアの側から見るとプーチン氏ならずとも、東欧へ押し込んできた米国や英仏などは、その視線の先に「次はウクライナ、ベラルーシ、そして─」と意図している、と見るのが必然であり、それだけは何としてでも阻止しようとロシアはかねてから考えていた。そうした過去20年ずっと続いてきた欧米とロシアの水面下でのせめぎ合いがついに大きく浮上したのが今回の一連の動きだったのである。 しかし、今やことは21世紀の世界秩序の是非に絡む理念問題となっており、そのため日本としても尖閣問題を抱えている以上、「力による現状変更」の広がりには特に厳しく対処する必要があるのである。
 それでは欧米、特に米国はこうしたロシアの動きに対して軍事的な制裁など、経済制裁以上の鉄槌を下すことはできるのか。今回クリミア編入を事実上看過し、さらに東部ウクライナがロシアの軍事力によって脅かされるという現在の事態に至っても決定的な対応をできていない姿を見るにつけ、オバマ政権の弱腰ぶりをひときわ深刻に感じざるを得ない。
 これは昨年のシリア問題の解決に至ったプロセスを思い起こさせる。シリアのアサド政権が化学兵器を使用したことに対して「レッドライン」、すなわち必ず懲罰的な軍事制裁をするとオバマ氏はあらかじめ表明しながら、「やっぱりやめておきます」とあっさり撤回。そこにシリアのアサド政権を抑え込んでいるロシアから“解決案”を提示されて、かろうじて米国のメンツをプーチン氏が立ててくれた形となった。
 たしかに、ロシアは米欧が一体になって強力な経済制裁に出てくることを恐れている。しかし、ロシアにとってウクライナ問題は国家として死活に関わる重大事だ。プーチン氏が経済制裁に全面屈服することは決してあり得ないだろう。また、そもそもドイツなどロシアとの経済関係を重視する欧州側が強力な対ロシア制裁に応じるかは疑問だ。ウクライナ情勢はよくて長期化し膠着する見通しが最もあり得るシナリオであろう。

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プーチン大統領は次なる戦略をいかに
描いているのか─。 (提供・代表撮影/
AP/アフロ)

  ただ、ここで重要なことは、こうしたウクライナ危機やシリア、北朝鮮の核問題などで見せるオバマ政権の劇的なまでの弱腰姿勢に対して、「米国自体の力が大きく弱体化したから」「米国は世界の警察であることを放棄した」と勘違いしてはいけない。現状で繰り広げられている問題は、あくまで「オバマ問題」であって、「米国問題」ではないということである。
 そもそも、イラクやアフガンでの「戦争をやめよ」と叫んで登場したオバマ氏は、2008年、12年の大統領選挙においても「外交は何よりも話し合いで」と米国民に訴えて当選した。
 これはある意味、米国という特異な民主主義国としての宿命でもある。前任のブッシュ政権においてイラク戦争が泥沼化し、イラクとアフガン双方で大きな犠牲を払った。その後を受けた政権として、大きく振り子を振った時代の雰囲気で、少し極端なハト派であるオバマ氏が米国民の信任を得て大統領に選ばれた、というに過ぎないのである。
 ただ10年代に入り、冷静さを取り戻した米国では、米国民の6~7割を占めると言われるリアリストに対して、大統領再選のためには「自分はリアリストである」と主張しないと、彼らからそっぽを向かれてしまう。そのためあたかも現実的な抑止策を考えているかのようにアピールする必要があった。
 これが端的に表れているのが11年のいわゆる「アジア・ピボット」路線である。再選を目指す大統領選挙にアジア重点戦略を打ち出して臨んだのだ。そして無事再選されると、再び掌を返すように元の極端なハト派に戻ってしまったというわけだ。
 またオバマ氏のこうした姿には、「核なき世界」を訴えてノーベル平和賞を受賞した実績が歴史に残る出来事として永遠に賞賛されることを願うエゴが表れている。つまり、ここ数年の米国の行動はこのオバマ氏個人の外交方針によるものであり、米国の外交方針そのものが変わったわけではないのだ。
 依然米国自体は世界の覇権国としての実力を持ち続けている。中長期的に見てもその地位が変わらないことは、本誌14年5月号の拙稿「25年後の米中と日本がとるべき長期戦略」で筆者が述べたとおりである。こうした大局的な趨勢を日本も見誤ってはならない。

尖閣と裏腹のウクライナ問題

 昨今、日本において、安倍政権とプーチン政権が北方領土問題を見すえながら外交関係を緊密化させてきた流れの中で、米国による制裁強化にそれほど協調することなく、「日本は日本の立場でロシアに接していけばよい」という声も聞こえてくる。

 しかしここで絶対に忘れてはならないことがある。中国の存在だ。中国は、尖閣の奪取というにとどまらず、東アジアでの自らの覇権を確立するために、常に日米同盟を無力化し有名無実化したいと狙っている。そのために日米の間に亀裂が入ることをなにより望んでいるのだ。

 今回のロシアによるクリミア併合問題に対して、もし日本が米欧の対ロ制裁と軌を一にせず、「独自の行動」を取れば、一気に中国にその隙を突かれてしまうだろう。ここは、日本としては「追随」と言われようとなんと言われようが、ロシア制裁という米欧の動きに協調して行動するしかないのである。 日本はまずそうした協調行動をとり、その上で、「必要なら米欧とロシアの仲介はできます、対話で解決しましょう」と常に国際秩序の仲介者的役割を果たせるよう備えておけば良いのだ。いずれにせよ、日本は中国という存在を片時も忘れてはならないのである。

 4月の日米首脳会談において、オバマ氏は米国大統領として尖閣諸島に日米安保条約が適用されることを初めて明言したが、他方で安倍首相との共同記者会見においては中国に対する際立った融和姿勢をくり返し表明した。また、オバマ氏は今回のアジア歴訪では、一方でフィリピンとの間に米比軍事協定を締結し、南シナ海での海域支配に奔走する中国を牽制したが、他方韓国では「従軍慰安婦」問題で明確に韓国の主張を支持し日本に謝罪を要求した。

 日本の一部では、昨年来の安倍首相の靖国神社参拝をめぐる日米間のある種の行き違いも重ね合わせて、「日米間にすきま風が吹いている」とか、あるいは「米国はむしろ中国・韓国に傾き始めた」との見方も出ている。しかし、ここにも「米国問題」と「オバマ問題」との混同があると言わなければならない。

 尖閣への日米安保の適用や安倍政権の集団的自衛権行使への取り組みに支持を明言したオバマ氏の「踏み込み」は、22年ぶりにフィリピンへの米軍駐留(フィリピン憲法の建て前上、“巡回”との語を用いるが)を決断したことと合わせ、オバマ氏の個人的な立場を超えた、何としても「中国を抑止する」という、国家としての米国の明確な意思を世界に見せつけるものであった。

 また、韓国で歴史問題に関してあえて日本の謝罪を求める発言をしたのも、オバマ氏個人の歴史観の表明というよりも、近年「経済」と「歴史」の両面から韓国が急速に中国に取り込まれているが、その結果、北東アジアの勢力均衡が崩れるのを何とか防ごうとする、米国大統領としての当然の行動と見た方が良い。たしかに中国への際立った融和姿勢をとるオバマ氏は「弱い米国大統領」の典型ではあるが、同時にオバマ政権の米国は水面下ではこれ以上の中国の海洋進出は明確に抑止する方向へと動いていることを忘れてはならないのである。

 いずれにせよ、我々はあと2年半、このオバマ大統領の下で、こうしたどっちつかずの微妙さをはらむ日米関係に“耐えて”いかねばならないのである。ただ、その「重圧」は今後、徐々にあるいは急速に、軽減されていくことと思う。そこでは次の2つのファクターに注目したい。

 1つは現下のウクライナ危機をめぐって激化する米欧とロシアの対立構造の中で、中国がいかなる立場をとるかということ。

 もう1つは崩れ始めた中国経済の成長軌道の行方をめぐって、今はまだ楽観論に立つ米国経済界の態度が今後どう変わるか。そしてそれによってオバマ政権の対中政策がどんな影響を受けるか、ということである。

 前者については、今後さらに激化していくだろう米欧とロシアの対立関係の中で、たとえ当面「漁夫の利」を求めても結局、中国は中長期的にはロシアの側に傾いていかざるを得ず、米欧との関係は遅かれ早かれ悪化せざるを得ない。

 後者についても、中国経済の不調や停滞は必ず米国の対中政策の再検討につながるはずだ。安倍政権の外交路線は、上述の諸点をしっかり押さえていけば、十分に明るい展望が期待できるのである。