媚びるプロレスになってないか


 実は最近、プロレスを観てないんですよ。でも、昨年は初めてIGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション=総合格闘技とプロレスの団体)の年末興行が札止めになったんですね。ただ、テレビとの連携というか、それがなかなかうまくいかなかった…。やっぱり、日本のテレビの力はすごいんですね。今はインターネットも出てきたけど、まだまだテレビには勝てない。あんまり観てないんであれだけど、最近のプロレスでただひとつ気になっていることがあるとしたら、それはプロレスがあまりにファンに媚びるようになってしまったこと。棚橋弘至(新日本プロレス所属)あたりはある意味、自分たちの方向性と「戦いがロマンだよ」という姿勢を貫いてはいるんだけど、最近はただただ格闘技ファンに媚びるプロレスになっているのでは、という複雑な思いもある。

(瀧誠四郎撮影)
 格闘技の興行の世界はそんなに甘くはない。宗教じゃないけど、観客はある意味信者みたいなもので、一人のレスラーの魅力にひかれてくるみたいな関係が理想なんだと思う。「お願いします! 次の試合に来てください!」って客に媚びているだけじゃ、ファンは寄って来ない。お客ほど薄情なものはないというのは興行の常識。もし嫌になったら次は来ないわけですから。

 これは私の持論なんだけど、興行の世界にも通じる「環状線理論」というのがあります。環状線には6号、7号、8号があって、環状6号線というのは、ファンに対して何も宣伝しなくても3千人収容の後楽園ホールがいつもいっぱいになるくらい、熱心にプロレスを観に来てくれるファンのことを指す。環状7号線というのは、両国国技館とか、日本武道館とか1万人以上収容できる会場をいっぱいにするために、東京スポーツとかプロレスの雑誌とか、もっと言えば日刊紙とかにも、興行の話題を取り上げてもらって観に来てくれるファンのことを言います。8号線というのは言うなれば東京ドーム。5万人規模の会場をいっぱいにするには、無関心層というか、誰かに強く誘われてやってくる人にも我々のメッセージを届けなければならないんです。

 この外側にいる大多数の人を振り向かせるにはどうしたらいいのか。それは対戦カードであったり、いろんな人が興味を持つというか、普段はプロレスを観ていないけど、「わっ!今度はすごいよ」ってなるような仕掛けが必要になる。私の場合はもっと世界へ、という思いの方が強いんだけれども、こないだ北朝鮮でプロレス興行をやったように、世界に向けて発信するような仕掛けが今のプロレスにはあまりない。

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格闘技世界一、プロボクシング世界ヘビー級チャンピオンのムハマド・アリ(米国、背中)とプロレスラーのアントニオ猪木が対決。マットに寝そべりアリを挑発する猪木(左) =東京都千代田区の日本武道館 1976年6月26日 

新しいピザパイを持ってきてくれよ


 もちろん、俺が現役でやっていた時代とは違って、ファンは多様化していますから。個人の嗜好が多様化していく中で好みもいろいろ分かれる。俺らの世代からすると「今のプロレスなんて冗談じゃねえよ」という思いを抱く人もいるでしょうが、それはそれでファンがいたりするのもまた事実。女子プロレスなんかもある意味では、いや別に否定的じゃないけど、「プロレスラーは俺らだ!」みたいな気持ちが昔はあった。一時、男子のプロレスを抜いて女子の方が人気が出てきたときもあるし、北朝鮮でやった興行でもすごく人気があった。当たり前なんだけど、俺らからみてどうだ、じゃなくて、結局はファンが選ぶことなんでね。これは政治の世界でも全く同じことが言える。ただ、そこにしっかりした信念がなくなると、ただただ尻尾のない凧じゃないけど、フラフラフラフラして。それは決してプロレスの世界だけではなくて、政治の世界でも同じ。俺らが信念を持って発信し続けなければいけない。

 それと、今のプロレスが昔ほどのブームにならなくなった最大の理由が、テレビとの関係だと思う。もちろん、プロモーターとかプロデューサーの力という話にもなるんだけど。例えば、ボクシングで言えば、(モハメド)アリがいたときはやはり全盛だった。でも、アリという存在がいなくなって、その後もそれなりのスターはいたんだけど、昔よりもヘビー級は衰退していると思います。

 プロレスの世界だってそうです。プロレスラーは100メートル先から見てもプロレスラーだと分かる、24時間プロレスラーでなければいけないという人もいましたけど、昔は外国人選手でもとんでもないのがいた。(タイガー・)ジェット・シンもいたし。アンドレ・ザ・ジャイアントなんて、それこそ笑い話だけど、昔の街の顔役どもが3人集まって喧嘩しているところに、アンドレが近づいてくると、3人とも急に肩を小さくして尻尾を巻いて逃げてしまった。そんな話はほかの選手にだっていっぱいある。日本人選手をみても、馬場さんは馬場さんであれだけでかかったし、坂口もでかかったしね。あの時代は街中でファンが「あっ長州だ!」「あっ藤波だ!」とかいって、大はしゃぎするくらいプロレスラーの存在感は大きかった。

 スターを作ることがいかに大事か。強くもないのに強そうに見せて、にわかに勝たしたりというのは、客は見抜きますから。それでも、ただ若いだけでファンがつく場合もあるけど、それはほんとに小さなコップの中の、もっと小さな世界にすぎない。

 私はいつもプロレスのことを「ピザパイ」に例えるんだけど、俺らの時代にはでっかいピザパイが既に用意してあって、みんながそれを食いかじっちゃって、どんどん小さくなっていく。じゃあ、もう一個新しいピザパイをもって行くよっていう選手が生まれてくれると一番いいんだろうけど、今は小さく小さくなったピザパイを食い合っている。だから、まあそこそこ客が入れば、彼らはそれで満足して喜んでいる。それはそれでしょうがないんだけど、俺らが望むものは、誰かが新しいピザパイを持ってきてくれよということに尽きる。

 ちょっと前には、K-1(キックボクシングイベント)であったり、総合格闘技みたいなものが人気を集めたけど、今やすっかりブームが過ぎ去ってしまった。なんていうのかな、ファンの意表をつくというのか、そのへんを仕掛けていけるプロモーターというか、あるいは選手も含めてこの世界に現れれば、今のプロレスも大きく変わるんだと思う。ただ、残念ながら世界中を見渡しても、スターと呼べる存在がみんな小さくなってきちゃったんだよね。こいつが出れば、黙っても客がいっぱいになるみたいな。昔はフリッツ・フォン・エリック、鉄の爪とか、ポスター1枚で札止めになってしまうほどのスターがいた。今は昔とは比べものにならないくらい情報化の時代だし、決して嘘はついてないけど、プロモーションとしては、5のものを10に膨らますくらいの宣伝が必要なのに、それができなくなってしまった。今回のイスラム国による人質事件にも通じる話じゃないですか。外務省は、自分たちの無能さというのか、何にもしていないというか、チャンネルがないというのを世界に露呈してしまってさ。
ストロング小林に卍固めを決めるアントニオ猪木

「力道山イズム」が日本プロレスの原点

 話が少しそれちゃったけど、これからも「スター」と呼べるようなレスラーは出てくるとは思う。ただ、力道山や木村政彦さんとかいた時代のように、我々の師匠の「力道山イズム」というか、彼らの精神というのは、日本のプロレスの原点なんだと思っています。力道山が置かれた生活環境、彼が朝鮮人だったとか、いろんなものを背負って繰り出す空手チョップの破壊力というのは、それはもうケタ違いだった。そのへんの凄さというのは、筋肉の大きさとかそういう問題じゃない。

 彼の精神というか、心の中からほとばしってくるような魂の叫びが、空手チョップの破壊力の源だった。確かに、今とは時代背景が違うから、彼のような精神力を維持するのは難しいかもしれないですけどね。

 それでも、昔は剣豪が一人出歩いて道場破りとかやってたわけですよね。それは極端な例かもしれないけど、命を賭けるじゃないけど、それぐらいの気迫を持った選手が現れれば、ファンだって本能で分かるんじゃないかな。計算なんかしなくても、人がびっくりすることをやろうという、この発想が今のプロレスには必要なんだと思う。残念ながら、そっぽを向いた人の首ねっこつかんででも振り向かせてやるぞという気迫が感じられない。

 政治だってそう。なかなかパフォーマンスはできないじゃないですか。ただ、政治家なんてのは、結果的には大政党に入って、何かの役につくかしかない。総理になる人は選ばれたわずかな人しかいないけど、大臣くらいだったら運がよければ、時の総理に好かれればなれるじゃないですか。人が生きている限り、俺らはどこの世界にいても同じなんです。
 また話がそれちゃったけど、やっぱり今のプロレスにもスターが出ればいいね。みんなやっぱり、プロに入った以上は高給をとりたいわけでしょ。聞くところによると、自分はプロレスが好きだから、ギャラなしでも、飯だけ弁当だけでいいみたいな選手が最近はいるらしい。もちろん、いろんな選手がいてもいいんだけど、やっぱりスターっていうのはカッコよくなければいけない。観客よりも自分の夢だけみたいな。ただプロレスが好きなだけで、その日の飯のタネでしかないみたいな、そういうときもあるんだけど、実際俺がアメリカ修行したときはそうだったしね。でもプロである以上、選ばれた人というか、そこに何か線引きがないと。素人だって、プロレス研究会とかあるし、やろうと思えば、みんなプロレスごっこはできるわけだからね。

 まあ、プロレスへの思いは今もいろいろあるけど、プロレスラーは夢を送り続けるというかね。今は若い人に希望がないとかいうけど、それは俺たちが子どものときだってそう。戦後の廃墟の中で、力道山が一人戦って俺たちに生きる力を与えてくれた。だから、プロレスがどんな形になろうと、今の若いレスラーはみんな日本のプロレスの原点というものをしっかり勉強して受け継いでいってほしい。国にも憲法があるように、プロレスにもきちっとした何か筋の通ったものがあることを忘れないでほしい。ファンが一番見たいのはやっぱり戦いなんだから。

 そういや、最近は女性のプロレスファンが増えているらしいね。俺らの時代は、女性のファンなんてほとんどいなかったんですよ。いや、いたかもしれないけど、表に出てこなかった。それが今じゃ、若い女の子が後楽園ホールとか、追っかけみたいに訪れる。

 そうそう、この間マララという女の子と会ってきたんですけど、彼女はあんな片田舎の、俺らの時代にあった田舎の田舎の山奥みたいなところから出てきた女の子がね、銃撃されて世界的なニュースになった。彼女は自分が撃たれたことをきっかけに、世界平和の尊さを訴えたんだけど、何か自分に与えられた使命のような強いメッセージが世界中の人々の心をひきつけた。

 これからプロレスがブームを起こすには、ちゃんとした強いメッセージが必要ですよね。ひとつにはテレビの力も必要なんだけど、女性のファンが増えているのであれば、それは大きなチャンスでもある。今の若い女性はプロレスラーに男の強さを求めているのかもしれないけど、女性の本能みたいなものを揺さぶっているのだとしたら。もっと言うと、アフリカの草原で、一つの遺伝子を残すために戦うというか、プロレスの根底にあるものはやっぱり「本能」なんだと思う。


プロレスはまだ死んでいない




 いま国会でも少子化の問題とかよく議論になります。もうちょっと本音でズバリ言えば、女性はやっぱり自分の遺伝子を残したいと思うだろうしね。娯楽が増えたとか、そうじゃなくて、やっぱり一番元気のいい若い時に遺伝子を残したいと思っているんじゃないかな。なんて言うのかな、なんだか分からないけど、リングの上からも強いメッセージを送ってくれよと。裸になっちゃダメだけど、いやほとんど裸になってるけどさ(笑)。この人の子供だったら欲しいって思えるくらいのね。

 今の時代、プロレスが死んでしまったという人もいるけど、俺はまだ死んでいないと思っている。とはいえ、もはや「老人ホーム」みたいになったのかもしれないけどね。海外戦略というか、日本のプロレスはもっと大きな器になってほしい。中国でも興行が始まるみたいだけど、もしかしたら戦後ニッポン以上のブームになるかもしれません。

 正直、もうプロレスに自分の遺伝子を残そうとも思っていない。早く猪木の名前なんか消してくれるといいんだけど、なかなかそういう風にならない。自分は自分の得意の分野で突っ走って行く。砂漠に残した足跡と言ってね。風が吹いたら、その足跡が消えちゃうんだけど、ただそこには歩いたという痕跡っていうか、それは魂なのか、きっと何かが残るでしょうからね。

 政治も同じことですよ。きれいごとばっかりいって、本質は、一番大事なことは何なのかと。いつも批判的なことばかり言っても仕方ないし。これからもプロレスはなくならないと思うんですよ、絶対に。なくならないけど、もっと爆発するような、何か息吹というのかな、それを巻き起こしてくれる選手が出てくれたらいいなと思います。(聞き手 iRONNA編集長 白岩賢太/川畑希望)

 

アントニオ猪木
参院議員。1957年に一家揃ってブラジルに移住。1960年、ブラジル遠征中の力道山にスカウトされ、日本プロレスへ入門。同年9月30日、東京・台東体育館における大木金太郎戦でデビュー。ジャイアント馬場との"BI砲"で黄金時代を築いた。1972年1月、新日本プロレスを設立。3月6日に東京・大田区体育館で旗揚げ戦を行なった。1973年12月には、NWFヘビー級王座を獲得。また、"ストロングスタイル"を提唱し、異種格闘技戦に積極的にチャレンジ。プロボクサーのモハメド・アリをはじめ、空手家のウィリー・ウィリアムス、柔道家のウィレム・ルスカらと激闘を繰り広げた。1994年5月より「イノキ・ファイナル・カウントダウン」を開始。1998年4月4日、東京ドームにおけるドン・フライ戦で、38年間のレスラー生活にピリオドを打った。現在は、 IGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)の代表取締役会長を務めている。


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