阿比留瑠比(産経新聞政治部編集委員)

閉まり始めた「輿石カーテン」


 「鉢呂吉雄前経済産業相の重い決断をきちんと受け止め、マスコミ対応を含め情報管理に徹底していきたい」

 民主党の輿石東幹事長は9月13日の党代議士会で情報統制を宣言した。輿石氏は翌14日にも党両院議員総会で同趣旨のことを強調している。

 鉢呂氏は福島第一原発周辺を視察後、オフレコベースの非公式な記者との懇談の場で「放射能をうつしてやる」などの不謹慎な発言をした。

 それが報道されたために、鉢呂氏が就任わずか9日で辞任に追い込まれたことがよほど不満なようで、悪いのは全てメディアだと言わんばかりだ。

 実際、輿石氏は鉢呂氏の失言発覚後、報道機関の幹部を国会に呼びつけて事情聴取を行ったり、記者会見で「報道のあり方についても皆さん自身ももう一度考えていただきたい」と述べたりしている。

 これに先立つ11日には、藤村修官房長官が記者会見で「この問題は重要な事だということで、輿石氏の方では少し動かれるのかもしれない」と述べており、輿石氏の言動は政府・民主党が一体となっての情報管理・言論統制の動きであることが分かる。

 ちなみに、輿石氏は山梨県教職員組合(山教組)の委員長出身で現在も日本教職員組合(日教組)の政治団体、日本民主教育政治連盟(日政連)の会長であり「日教組のドン」と呼ばれる。そして鉢呂氏はその日政連の一員、つまり日教組の組織内議員である。

 輿石氏や鉢呂氏ばかりではない。野田政権では、横路孝弘衆院議長、辻泰宏厚生労働副大臣、神本美恵子文部科学政務官、水岡俊一首相補佐官と、8人の日政連議員のうち6人までが政府や党、国会の要職にある。

 輿石氏が幹事長についたことにより、「仲間」や「子分」が政権中枢に入ったのだ。日教組の中村譲委員長は昨年1月の教育研究全国集会で、「民主党政権の社会的パートナーとして認知された今、私たちは公教育の中心にいる」と高らかに述べたが、それがまさに実現しているのである。

 その輿石氏は5日の記者会見でも「幹事長として党運営の基本的な考え方が二つある。一つは党内融和、もう一つは情報管理だ」と語るなど、とにかく秘密主義だ。

 「悪いのは皆マスコミだと。自分たちの不行き届きを、失言や立ち居振る舞いの悪さ、不勉強を棚上げにし、みんなマスコミのせいだというのは政権末期の特徴だ」

 自民党の石破茂政調会長は一連の民主党の対応をこう批判した。確かに、世間一般のイメージとは裏腹に、民主党は自民党に比べても情報隠蔽体質が色濃く、意思決定プロセスも不透明だ。

 そして彼らは、メディアは自分たちの都合のいいときにだけ利用する存在だと考えているように見える。

 その傾向は鳩山由紀夫元首相と菅直人前首相の政権担当時にもうかがえた。菅氏は昨年9月の沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、自身の指示で中国人船長を超法規的に釈放させたにもかかわらず、「那覇地検独自の判断だ」と国民に嘘をつき、さらに、漁船衝突映像を国民の目から隠そうとした。

 そして今年3月、東日本大震災が発生すると記者団との「協定」を一方的に破ってぶら下がり取材の拒否を続けた。一方で、何かをピーアールしたくなると突然、記者会見を開いてメディアを宣伝媒体として利用した。

「恐怖政治」のルーツ


 「あなたしかいません」

 野田首相(民主党代表)は参院議員会長である輿石氏を党の「ナンバー2」である幹事長に抜擢する際、こう口説いたという。

民主党の新執行部就任会見に臨む輿石東幹事長=2011年9月5日(松本健吾撮影)
 この人事について、輿石氏が参院を束ねる実力者であり、小沢一郎元代表とも盟友関係にあることから「党内融和の為には絶妙な人事だ」と評価する向きも多かった。

 だが、これは曲がりなりにも保守政治家を自任してきた野田首相の、「敗北」ないし「勘違い」ではないだろうか。

 自民党の安倍晋三元首相は菅内閣が発足した際、「極めて陰湿な左翼政権」と評した。今回、野田内閣の発足時には自身のメールマガジンに、輿石氏の幹事長起用も含めて「左翼泥泥内閣」と書くに至った。同感である。

 輿石氏の幹事長起用を聞いて、まず思い出したエピソードがある。政権交代後間もない平成21年10月、山梨県昭和町で開かれた輿石氏の国政報告会でのことだ。来賓の日教組の中村委員長はこうあいさつした。

 「労働組合の立場で言うと、新しいと同時に親しい新政権ができあがった。小沢、輿石という名前がつながると、恐怖政治が始まるんではないかと言う人がいますが、お二人に共通しているのは決断力と行動力。これはトップリーダーにとって、政治家にとって必要なことだ」

 中村氏はこのとき「恐怖政治」の到来を予期しつつそれを肯定、歓迎しているようだった。だが、以前から「豪腕」「壊し屋」と言われてきた小沢氏はともかく、なぜ輿石氏が「恐怖政治」と結びつくのか。

 それを理解するには、一介の小学校教員だった輿石氏がなぜ与党幹事長にまで上り詰めたか、その力の源泉をたどる必要がある。輿石氏の背景にあるのは、教職員組合(山教組)のもつ「カネと票」をフルに使った山梨県政支配である。

 「小沢さんと話すと、どちらが『右』か『左』か分からない。私の方が小沢さんより『右』だと感じる」

 輿石氏は周囲にこう漏らし、山教組は国旗国歌反対運動も過激な性教育も、いびつな自虐史観教育も行っていないと強調する。

 確かに、輿石氏自身にはあまりイデオロギー色は感じられない。一口に日教組と言っても各都道府県の単組はそれぞれ体質、気風が異なり、一様ではない。

 だが暴力的な闘争路線や実力行使はとらず、一見穏健派を装いながら、教育委員会などとの癒着・同一化を進め、教育だけでなく県政全般への影響力を深めて行く「分かりにくい」単組もある。山教組はその代表例だ。

 誰の目にもはっきりと分かる過激な単組であれば、多くの父兄は眉をひそめるだろうし、実害もあらわになりやすい。平成18年末の安倍内閣当時、教育基本法が約60年ぶりに改正された際には連日、国会前に多くの教員が座り込んでいた。

 このとき、特に目立ったのは北海道教組、大分県教組など特定の単組であり、山教組はみかけなかった。

選挙で山梨県政を牛耳る


 ただ、それでは穏健派単組には問題はないかと言うと、決してそんなことはない。山教組が昭和57年に発刊した「山梨県教組三十年史」にはこんな記述がある。

 「選挙を通じてつちかってきた「政治力」が、山梨県の教育行政をして『山教組を無視してはうまく事が運ばない』という状態にまで、大きく前進してきた」

 「山教組組合員の職場や地域における闘いはもとより、校長組合、教頭組合を含めた『教育選対』の構成が、教師集団の力を結集する強力な原動力となった」

 山教組は組織率95%を誇り、長年にわたって県政を事実上、支配してきた。知事も自民党県議も票をにぎる山教組には頭が上がらず、言うがままになってきた。穏健とされる山教組のやり方はこうだ。

 本来は政治的中立性が求められる教員を徹底的に動員し、選挙活動をやらせる。当然のことながら、学校内での教員の政治活動を禁じた教育基本法や教育公務員特例法に違反するし、個々の教員の思想信条を無視するものだが、全くお構いなしだ。

 過去の輿石氏の選挙をめぐっては、次のような活動が強制されてきた。

 輿石氏の選挙が近づくと、輿石氏が役員(顧問)を務め、国会で「私自身の政治団体」と明言した山教組の政治団体「山梨県民主教育政治連盟」(県政連)により、ボーナス支給時に「校長3万円、教頭に2万円、一般教員1万円」の資金カンパを強いられる。

 これには領収書は発行されず、使途も明らかにされない。まさしく闇に消えている。

 それと同時に、輿石氏の政治団体「輿石東とともに明日を拓く会」(東明会)の後援会入会カード集めのノルマ(一般教員は80人など)が課される。その際、学校ごとの回収率を示した表が作られ、カードの集まりが悪いと県政連から学校にファックスで督促状が届く。

 また、仕事後の平日夜や休日に地域の教育会館に集まり、親類、友人、知人、教え子宅への「電話作戦」をさせられたり、輿石氏のポスター張りを手伝わされたりする。

 学校内での選挙対策会議開催は言うに及ばず、輿石氏が各学校を授業中に訪問して「今度の選挙をよろしく」とあいさつするため、そのたびに授業を中断して教員が集められることさえもあった。

 教員がこうした選挙活動を拒否すると、昇進が遅れるほか移動時には僻地に飛ばされ、周囲からは「ノイローゼになるまでいじめられる」(教員)というからあきれる。子供を人質にとった悪質な「政治とカネと教育」の問題だといえる。

 山教組は県教委や市町村教委の要職を組合出身者で押さえており、教員の定期異動については山教組の支部幹部と地域の教育事務所が相談して決める慣行もある。教員は人事その他でがんじがらめにされている。

 こうした教員を無給の選挙運動員のように扱い、資金カンパという名目で搾取して得た山教組の政治力の上に、組合出身の国会議員である輿石氏が君臨するという構図だ。

 これが山梨県ではごく当たり前の事として、県政界にも地元マスコミにもほとんど疑問視されることもなく続いている。

政治資金規正法違反の摘発も「免停のようなもの」


 山梨県政連は産経新聞が一連の問題を取り上げてキャンペーンを張るまで、政治資金収支報告書では平成11年から15年までの寄付収入をゼロと届け出ていた。ところが、産経が不記載を指摘すると、15年の寄付収入を1021万円に訂正し、16年にはいきなり5142万円を計上した。

 結局、16年に県政連側から輿石氏に渡った金額は、後に収支報告書に記載された分で3300万円に上がった。それまでの県政連の「寄付収入ゼロ」がいかに怪しいかがうかがえる。

 そしてその結果、平成18年1月には、山教組の財政部長と、県政連会長が政治資金規正法違反で略式起訴され、罰金を科せられた。また、校長ら24人が懲戒処分などを受けている。

 平成22年6月には、北海道教職員組合(北教組)の政治資金規正法違反事件で、北教組から資金提供を受けていた民主党の小林千代美衆院議員(当時)が引責辞任した。

 このとき、小林氏が受け取ったのは1600万円であり、単純比較はできないものの輿石氏の半額以下だった。小林氏の辞任に際し、輿石氏は「コメントする必要はない」と逃げたが、小林氏の選挙に何度も応援に入っていたのは輿石氏である。

 それなのに輿石氏は今、与党幹事長として栄耀栄華を極め、何食わぬ顔で権力の絶頂にいる。これこそ不条理と言うものだ。

 「山教組本部や輿石氏に近い山梨県の教員OBはこの世の春を迎えている」

日教組の「新春のつどい」に出席した民主党の輿石東参院議員会長(左)。右は連合の古賀伸明会長=2013年1月10日(荻窪佳撮影)
 元山教組教員の一人はこう証言する。組合幹部や輿石氏に近い教員OBらは、優先的に市町村の教育長や県教委の出入り業者などへの天下りポストが用意されるから笑いが止まらない。

 山梨県に、いかに山教組の威光が行き渡っているかの傍証がある。刑事罰を受けた先述の山教組財政部長は県教委からも停職3カ月の処分を受けたが、平成21年春には、何事もなかったように教頭に昇任しているのである。

 「(元財政部長は)処罰歴はあるが、その他の成績などを考慮して教頭試験に合格した。車の速度違反で免許停止になったようなもので、停職3カ月の懲戒処分も終えており、問題はない」

 当時、読売新聞の山梨県版がこんな県教委義務教育課のコメントを掲載していた。組合、つまり輿石氏に貢献さえすれば、法律を犯して処分されても問題とはされない。後のことは組合が面倒をみてくれる。

 手元に山梨県の各市町村教委が校長試験に際し、県教委に送る「校長選考受検者推薦書」がある。受験者の教頭経験年数や「企画力」「判断力」「指導力」などをABCの3ランクで記入する欄のほか、市町村教委側が誰を校長にしたいのかあらかじめ「順位」を記す欄もある。

 そして、この市町村教委の教育長や役員には山教組OBがたくさん就いており、そして、県教委側にも山教組出身者が大勢いる。つまるところ、この「恐怖政治」こそが、穏健とされる地域の日教組支配の実態であり、正体なのだ。

 過激な北教組のように、わが国固有の領土である竹島(島根県)について「歴史的事実を冷静に紐解けば、韓国の主張が事実にのっとっている」などと偏向教育を施さなくても、日教組の害毒は深刻であり、じわじわと公教育をむしばんでいる。

 昨年7月の輿石氏自身の参院選では、「甲府市の小学校女性教員が保護者に輿石氏の支援を求めるビラを配った」(教員)とされる。このような無法状態が子供の教育にいいはずがない。

 もっとも、日教組は長年、道徳教育を否定してきたのだから、順法精神やモラルを求めること自体がお門違いかもしれないが…。

首相の志は根っこから崩れた


 「首相は、東京裁判史観を浸透させるのに主導的役割を果たした日教組の輿石参院議員を党幹事長に任命した。輿石氏はかつて『教育の政治的中立などあり得ない』と、憲法二十六条の『国民の教育を受ける権利』を侵害するがごとき発言をした人物でもある」

 9月14日の衆院代表質問では、自民党の古川禎久衆院議員がこう問いかけたが、野田首相はこれには何も答えなかった。

 古川氏が指摘した輿石氏の発言とは平成21年1月の日教組の「新春の集い」で述べた次のようなあいさつだ。

 「(日教組は)政権交代にも手を貸す。教育の政治的中立などと言われても、そんなものはありえない。政治から教育を変えていく。(中略)私も日政連議員として日教組とともに戦っていくことを、お誓いをし、永遠に日教組の組合員であるという自負を持っている」

 これが現在の民主党幹事長なのだ。これでは、いくら民主党が公務員制度改革や天下り根絶を主張しても信用できるはずがない。

 「(国民が)野田内閣と与党民主党に期待するものは何か、それはまさに『国民の生活が第一』という理念と、ようやく実現した『政権交代の意義』ではないか」

 輿石氏は9月15日の参院代表質問で、こう訴えた。だが、自らとその支持母体だけに利益配分して成立している輿石氏の政治基盤を見ても、国民全体に目が行き届くとは思えない。

 民主党には、政党や政治集団の憲法と一般的に言われ、所属議員の共通理念を示す「綱領」がない。だからこそ、一昨年夏の衆院選マニフェスト(政権公約)は国民との間で唯一明文化された「契約」(鳩山氏)であったはずだ。

 だが、子ども手当も国家公務員人件費の2割削減も高速道路無料化も揮発油税の暫定税率廃止も、マニフェストの主要な柱はすべて反古にされるか骨抜きとなっている。

 いまさら政権交代の意義と言われても、輿石氏にならえば「そんなものはありえない」なのではないか。そんなものは見当たらないではないか。

 野田首相は若い頃から、「資源のない日本は教育立国とならねばならない」と強調し、「やりたかったのは文部科学相」と述べていた。それなのに、所信表明演説では教育にほとんど触れなかった。その一方で、教育行政にひそかに浸透し、ゆがめ、ゆとり教育を提唱して国民の教育レベルを低下させてきた日教組を重用し、輿石氏の好きなようにさせるのではしゃれにならない。

 輿石氏と一蓮托生となった野田首相は、スタート時点で早くも大きくつまずいたと言うしかないのである。