西欧とイスラム 「原理主義」の衝突(1)
細谷雄一(慶應義塾大学法学部教授)



 Wedge編集部(以下、─―) パリでのテロ事件に続いて、日本人人質の問題もクローズアップされました。

 細谷雄一(以下、細谷):「シャルリー・エブド」の問題と、今回の人質事件は、質的に大きく違います。各国の国民が人質になっていますが、他国のメディアでは通常大きく取り上げません。人質事件は基本的には当事国が大きな関心を寄せる問題です。
 しかし、「シャルリー・エブド」の場合は、発言する、何かを書くという行為自体が狙われました。表現の自由というフランスが掲げる根源的な価値に対する挑戦ですから、国際社会が連携して対応しなくてはなりません。しかし、現在の世界で宗教、価値観の壁を乗り越えて和解するということは極めて難しい状況となっています。

テロと移民問題を混同するな


 ─―欧州ではイスラム教徒(ムスリム)や移民に対する排外主義が強まっていると聞きます。

 細谷:欧州の戦後70年は、アウシュビッツ解放を起点とし、ホロコーストの反省の上に成り立っています。人種やナショナリズムを乗り越え、移民に対して非常に寛容な社会をつくりました。寛容さ、多様性というものが、欧州を統合する上での非常に大きな価値だったわけです。

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サルコジ前大統領は顔全体を覆い隠すベールの
着用を禁止する「ブルカ禁止法」を成立させた
(YOUSSEF BOUDLAL/REUTERS/AFLO)
 しかし、1960~70年代の脱植民地化の時期と、冷戦終結後の2度にわたって、大きな津波のように移民が増えたことにより、2つの意味で当初想定していなかった事態が起きました。

 まず1つが移民の規模。フランスでは、イスラム系だけで450~500万人で、全体では700万近い移民がいるといわれています。戦後初期には移民の割合は極めて小さな比率でしたから、現在のように国民の10%を超えるほどまで移民が増えてしまったのは想定外でした。

 2つ目の想定外は経済です。移民に対する寛容さというのは、戦後の欧州の経済成長と不可分に結び付いていました。経済的余裕があったから、とりわけ社会党政権の下では移民に対してさまざまな社会保障のサービスが拡充されてきました。ところが、経済成長が失速し、ユーロが非常に厳しい緊縮財政を要求しているために、移民の多くが属する貧困層に対して手厚く社会保障を提供できなくなってきています。

 さらに、国家を動かすエリートの多くは富裕層でグランゼコール出身という共通した背景を持ちます。社会学者のブルデューが文化資本という言葉で指摘したとおり、移民が国家の中枢に入るのはかつては容易ではありませんでした。社会保障の面でも雇用の面でも、移民の人たちを一定程度フランス社会に統合することができたのは、経済成長が基礎にあったのです。それが困難となり失業率が上昇すると、移民の人たちへの不満が高まってきます。

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グランゼコールとは、フランスの高度専門職養成学校。大学とは別の学校組織であり、実務に特化したエリート教育を行う。フランソワ・オランド大統領はその一つであるフランス国立行政学院(ENA:写真参照)出身。ENA出身の大統領には、ジャック・シラク氏、ヴァレリー・ジスカール・デスタン氏がいる。日産自動車のカルロス・ゴーン社長もグランゼコールの1つであるエコール・ポリテクニークの出身。(GAMMA-RAPHO/GETTY IMEGES)

 経済成長の鈍化も、失業も、財政赤字もグローバル化と新興国の台頭が進む世界における構造的な問題なのですが、多くの国で、苦い薬を飲むよりは「他者」の責任にしようというポピュリズムが蔓延しています。欧州各国で移民増加に対して厳しい姿勢を取る右派政党が支持率を伸ばしています。格差是正の極左と移民排斥の極右が連立したギリシャまで極端ではなくても、穏健で中道的、寛容で多様性に基づく政策は、非常に取りづらくなっています。

 困難な課題に向き合うことを求めるよりも、各政党は「敵」をつくって不満をそらし、国民の支持を獲得しようとします。民主主義諸国では、統治能力が低下し、内なる「敵」として移民に批判的な声が高まっています。欧州の抱える構造的な問題の一つの表出が移民問題なのですが、政治レベルで解決することが難しくなっています。

 ─―そこにテロ事件が起きてしまったわけですね。

 細谷:移民問題と、テロは別個に考える必要があります。「ホームグロウン*」テロリストの多くが「ローンウルフ」と言われます。それぞれが一匹狼で、組織ではなく個人がインスパイアされて、独自の行動でテロを起こす。移民に寛容な社会をつくれば、むしろテロリストが外から入りやすくなる。格差のない民主主義的な社会をつくってもテロの解決にならないわけです。

*「ホームグロウン」とは“地元育ち”の意味で、移民出身でイギリスやフランスで生まれ育ったテロリストのこと。「ローンウルフ」とは“一匹狼”のテロリストで、組織としての規模が極端に小さいか、個人や兄弟・親戚程度の範囲内のつながりでテロが計画・実行される。シリア出身の活動家、アブー・ムスアブ・アッ=スーリーは04年、『グローバル・イスラム抵抗への呼びかけ』という大著をネット上で発表し、「ローンウルフ」型のテロを主軸に据えたグローバル・ジハードの理論を体系化した(参考:池内恵著『イスラーム国の衝撃』〈文春新書〉)。

 何かの目的があったとき、多くのムスリムの人も投票によって自分たちの意思を実現しています。他にロビーやデモなど、ムスリムの人たちが自分たちの意思を表明する機会はたくさんあります。ところが、今回のテロ事件は、そういった平和的で民主主義的手段ではなく、物理的な暴力で自らの意思を貫徹しようとした。これはフランスとかイギリスでの移民政策の変化とは、あまり関係がありません。
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【アジアカップ観客射殺事件】イラク第3の都市モスルで、1月12日に行われたサッカーアジアカップ、イラク・ヨルダン戦を観戦していた少年13名が、ISILによって殺害された。モスルはイスラム国(ISIL)が勢力を広げている地域であり、サッカーは西洋のものとして観戦禁止令が出ているという。この事件のように、ISILのような過激派は、相手がイスラム教徒であって、何か問題がある行動を起こしていなくても、自らの論理と動機で殺戮する。
(BRADLEY KANARIS/GETTY IMEGES)
 財政赤字を増やして貧困層に対する社会保障を手厚くし、学校教育でムスリムに対するより正しい理解を求めていく。ムスリムの人権保護を法律でより手厚くする。それでテロはなくなるかといったら、実際のテロ事件を見ればそんなことはないわけです。経済格差や偏見をなくすこととテロを防ぐことは別個に考えるべきです。

 グローバリゼーションで人が簡単に移動できるようになったことと、インターネットで世界に向けて簡単に情報発信し、不満を抱える若者たちを煽動できるようになったことが、テロの背景にあると思います。

 欧州の中で各国がポピュリズムを脱し苦い薬を飲んで構造改革を進め、イスラムの中で強まる過激派やテロリズムを消化していくという両方の動きが出てこないと安定しません。これは相当に厄介です。

 ─―なぜテロはフランスで起きたのでしょうか?

 細谷:ドイツでは民族(フォルク)が国家の基盤になっています。イギリスの場合は多文化主義が基礎となり、アメリカの場合は憲法で国家理念を規定しています。他方、フランスの場合は、あくまでも理念に基づいて、自らが共和国の一員であるということがフランス国民の前提条件となっています。結び付けるものはフランス語であり、フランスが誇る理念であるため、政教分離は絶対に譲れない。それは共和国が成立するための核心の原理です。だから、それを否定するイスラム過激派と衝突しやすいのです。

2世がむしろ「フランス」に反発


 フランスにいるムスリムの多くは、基本的には憲法の規定する政教分離を受け入れています。ですが、自らの意思で来た移民1世はわかっていても、2世たちの中には疑問を持つ人はいるかもしれない。しかも、インターネットの情報には、ジハードやテロを煽動するものがあるわけです。

 また、イギリスとの違いでいえば、フランスの場合はシェンゲン協定に入っています。イギリスの場合は、入国を管理していますから、そこで政策的に移民を国境で管理する余地があります。他方でフランスは、EU域内からの移民の流入を止める余地がない。

 私がフランスに行った2009年当時、すでに移民が深刻な政治問題となっていました。サルコジ大統領は選挙で、極右の国民戦線(FN)に票を奪われないためにも移民に強硬な姿勢を示しました。移民担当大臣というポストを新設し、エリック・ベッソンがそれに就いて、移民に対して厳しく対処する姿勢をアピールしました。

 フランスに入国すると、長期滞在の場合はしばらくしてから移民局に行かなければなりません。私も行きましたが、そこでフランス語が話せるかどうかが試されます。能力がないと、強制的にフランス語学校に通う必要がある。また、フランス共和国の理念を誇示する長時間のビデオを見せられます。しかし、いくらやっても社会統合には限界がある。それはもうフランス人はわかっています。徐々に移民の制限のほうに動いていかざるを得ないと考えています。

 今回の「シャルリー・エブド」の事件は、多くのフランス人たちにとっても、これまでフランス共和国が誇ってきた麗しき社会統合の限界を感じさせる、大きな政治的転換点となってしまう懸念があります。


ほそや・ゆういち 1971年生まれ。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号所得(MIS)後、慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了、法学博士。近著に『グローバル・ガバナンスと日本』(中央公論新社)。