河合雅司・産経新聞論説委員

 民主党がマニフェスト(政権公約)で掲げる新年金制度案の財政試算が波紋を広げている。すべての人に月額7万円以上を約束する「最低保障年金」を実現するには、政府が現在考えている5%の引き上げとは別に、最大7・1%もの消費税増税が必要になることが分かったからだ。

 日本の高齢化はこれからが本番だ。医療や介護の費用も膨らむのに、年金だけに莫大(ばくだい)な消費税財源をつぎ込むことはできない。財政試算を見る限り、民主党の新年金制度案はとても現実的とは言えない。

 これは、定額部分をすべて税金でまかなう「全額税方式」を前提とした年金制度改革案に共通して言えることでもある。保険料と税金で定額部分をまかなう「社会保険方式」の維持こそが、現実に即した政策判断だろう。民主党がマニフェストにこだわる限り、野党の協力は得られず現行制度の改革も遅れる。「最低保障年金」を即刻取り下げ、現行制度の手直しにかじを切るべきだ。

制度理念も大きな疑問

 そもそも少子化で制度の支え手が減っていくのに、年金の最低水準を一律的に引き上げようという発想自体に無理がある。公的年金というのは、老後の所得保障の大きな柱には違いないが、生活のすべてを保障するものではない。

 年金は保険である以上、「自己責任」が大原則である。保険料納付額が少なければ、受け取る額も少なくなるのは当然のことなのだ。

 社会の基本は「自助自立」である。とりわけ少子高齢社会においては、国家に多くを求め続けることはできないと覚悟すべきだ。まずは国民それぞれが老後の備えに努める。資産を持っている人には、その中から老後資金を捻出してもらう。踏むべき手順というものがあろう。

 もちろん、社会弱者を切り捨ててよいと言っているわけではない。やむを得ない理由で、生活が苦しくなっている人には手を差し伸べなければならない。ただ、少子高齢時代においては、「すべての人に7万円以上」といったやり方ではなく、頑張る手立てがない人に対象を絞り込む必要があるということだ。

 民主党案については、制度理念にも大きな疑問がある。保険料納付額にかかわらず老後に7万円以上を受け取れるというのは、「社会主義的な政策」との印象をぬぐえない。

 国家が最低限の生活費を用意するのであれば、生活を切りつめてでも保険料を払おうと思わなくなる人が出てくるかもしれない。それどころか、まじめに働こうという意欲までそぐことになりはしまいか。

 自営業者の所得捕捉だって、番号制度を導入しただけでは完全にはできないだろう。経費の水増しで所得を低く見せかければ、最低保障年金をより多く受給できる。そうなったのでは公平性も保てない。

誰のための改革なのか

 誰のための改革なのかもはっきりしない。民主党案を完全実施するには40年もの移行期間を要するというが、つまりは現時点の低年金者に手を差し伸べる制度にはなっていないということだ。

 民主党は「非正規雇用者が増えており、貧しい若者が高齢になったときのことを考えてのこと」とでも言いたいのだろうか。しかし、こうした若者が願っているのは、自分たちの貧しい老後を前提とした年金制度の拡充策ではないだろう。それよりも、一刻も早く安定した職に就き、年金保険料をしっかりと払える状況になるということではないのか。雇用を生み出す新産業の育成を急ぐなど、すべきことは多いはずだ。

 なぜ「最低保障年金」が7万円以上なのかも判然としない。「老後の暮らしには最低これぐらいはかかる」という計算であろうか。

 だが、生活実態に合わせて年金額を増やすという発想だけでなく、高齢者の生活費のほうを低く抑えるという議論もあっていいはずだ。低所得高齢者向けの低家賃公共住宅の大量供給とか、健康増進策をさらに進めて老後の医療費支出が少なくて済むようにするとか、高齢者の雇用を増やすとか、さまざまな政策と組み合わせていくことだって可能だろう。

 少子高齢時代の年金はいかにあるべきか。年金制度の枠組みの中だけで対応しようとすれば窮屈になる。ものごとを柔軟に考えるところから、解決の糸口が見えてくる。