松浦肇(産経新聞ニューヨーク駐在編集委員)

 1月初め、米ボストンで米経済学会の年次総会が開かれた。経済書としては空前の人気となった「21世紀の資本」の著者である仏経済学者、トマ・ピケティ氏も招かれ、格差問題に関するパネルが催された。司会役は、ハーバード大教授で米国を代表する経済学者、グレッグ・マンキュー氏である。

攻撃的な姿勢


 参加者の間で話題となったのが、マンキュー氏のピケティ氏に対する攻撃的な姿勢だ。資本利益率「R」が、経済成長率「G」を上回っているがゆえに格差が生まれていることを説明するピケティ氏を揶揄(やゆ)して、「R>G だからどうした?」という小論文を発表した。

 しかもだ。「格差があって何が悪い?」「彼(ピケティ氏)は金持ちが嫌いなのだ」とまでマンキュー氏は言い放った。

 「経済書がここまで人気になったのは珍しい」とマンキュー氏はほめたものの、「21世紀の資本」と比較した過去のベストセラーが「フリーコノミクス(ヤバい経済学)」だった。学問書というより、人気はあったが亜流の経済書で、「ピケティ人気」を半ばひがんでいるのだろう。

 マンキュー氏の立ち位置は「ニュー・ケインジアン」である。「市場の失敗」や「不完全競争」といった市場機能の不備を指摘するが、家計や企業がもつ「合理的な期待」という要素を取り込んだ点で、リベラルといっても伝統的な「ケインジアン」よりも自由主義に近い。マンキュー氏も「ある程度の自由な資本主義は人類が得た大きな成果の一つだ」としている。

米はジニ係数高水準


 それでも、彼がむきになって反論するのはわけがある。ノーベル経済学賞学者のジョセフ・スティグリッツ氏の言葉を借りるまでもなく、疑いもなく「米国は世界に冠たる格差社会」だからだ。米国には、マンキュー氏をむきにさせる「不都合な真実」があるのだ。

 米国は、格差度を示すジニ係数が先進国最高水準の0.47ある。富裕層上位1%の所得は社会全体の20%を占める。

 中間層は苦しい。フルタイムで働く男性の保有資産は1990年代初めと同水準のままである。

 底辺層は悲惨だ。ニューヨークの場合、ホームレスの数は昨年11月末時点で6万人超と過去10年間で約6割増えた。オバマ大統領が1月の一般教書演説で格差問題を取り上げるわけである。

 あえてマンキュー氏を擁護すると、格差「絶対悪」論者や反資本主義者といった左派が「ピケティ人気」に便乗して、論陣を張り始めたのも事実である。ピケティ氏は昨年に何回か訪米して講演したが、壇上で隣に座るのはマルクス経済学者だったケースがあった。

 ピケティ氏は資本主義も市場原理も否定していない。ある程度の格差が成長のための均衡状態である点は、多くの経済学者も認めている。1月末に訪日したピケティ氏は日本でも大人気だったそうだが、訪米時と同じく、左派を元気付けたようだ。仮にさらに累進課税を導入しても、それを再配分するのは政府であり、効率的な格差是正が約束されるわけではない。

 しかも、日本の根源的な格差は政府による再配分後に際立つ世代間格差である。米国の格差是正ブームを直接輸入するのは間違いなのだ。