岸田秀(和光大学名誉教授)

 李明博が韓国大統領としてはじめて竹島に上陸したり、天皇に謝罪を要求し、天皇について侮辱的発言をしたり、その次の大統領の朴槿恵が日本のことを歴史を無視する国には未来はないと非難したり、韓国の最高裁が戦争中の朝鮮人徴用工に対する日本企業の個人賠償を認める判決を出したり、そのほか、中国とかアメリカとかのどこかに安重根とか慰安婦とかの像を建てるとか建てたとか、とにかく、韓国人は日本を侮り、貶め、傷つけると信じられることなら、思いついたことはどんなことでもやらないでは気が済まないかのように、憎しみに凝り固まっているかのように、日本への罵詈雑言を並べ立てて飽きない。

 日本とは無関係などこかの遠い国のことなら、気でも狂ったのかと面白がっていればいいが、歴史的に韓国は2000年以上前から政治・経済・文化などのあらゆる面で関係が深い国であり、かつ、現在の韓国がこのような変な国になったのは、また別のあり方で変な国であった日本との関係においてであり、日本にも責任の一端があるから、知らぬ顔をしているわけにはゆくまい。

 何はともあれ、韓国人は日本をとてつもなく憎み、恨んでいるようである。その起源、原因、理由は何か。韓国人は「日帝36年の支配」のせいにするが、それだけでは説明がつかない。台湾は50年以上「日帝の支配」を受けたし、韓国と同じく、住民の虐殺事件もあったが、韓国と違ってわりと親日的である。韓国人の日本への憎しみと恨みには大昔から由って来たるさまざまな理由があると考えられる。

日本への憎しみの根源は


 大昔のことはよくわからないので、仮説として述べるしかないが、7世紀ぐらいまでは日本人と韓国人とはごちゃまぜで、はっきり区別されていなかったのではないか。日本から朝鮮、朝鮮から日本へ行くとき、人々は外国へ行くとは思っていなかったのではないか。日本と朝鮮が別の国になったのは、663年、白村江で百済を助けに行った倭軍が唐・新羅連合軍に大敗を喫したことがきっかけだったのではないか。それで、大勢の百済人が列島へ逃げてきて、倭人とまざり(それまでの倭人には、朝鮮半島や中国大陸からやってきた連中もいたであろうが、東南アジアや南洋諸島系の人たちも多くいたであろう)、倭国は日本と称するようになり、倭人は日本人となったと思われる。

 ついでながら言えば、韓国人が聞けば、怒り心頭に発するであろうが、豊臣秀吉の朝鮮出兵、吉田松陰や西郷隆盛の征韓論の背景には、かつてわれわれは朝鮮の地にいて、そこから追われたのであり、朝鮮はわれわれの地だったのだから、取り返すべきであるという、かつて百済人であった者を一部に含む日本人の心の底に澱む心情があるのではないかと思われる。

 ところで、話をもとに戻すと、それ以前、朝鮮半島南部では百済と新羅が対立していた。白村江の戦いに勝って百済を追っ払った新羅は、そのあと、やはり唐の援助を得て、高句麗をも打ち倒し、朝鮮を統一した。この統一朝鮮が10世紀に高麗に取って代わられ、次に李王朝が成立し、日本に統治され、日本の敗北がきっかけで今は朝鮮は韓国と北朝鮮に分裂している。百済は、地理的には今の光州と重なるが、1980年の光州事件が示しているように、現代の韓国で、光州地方に対する差別があるのは、かつての百済に対する新羅の敵視と軽視の名残りではないか。

 そして、かつての百済に対する新羅の敵視と軽視は、歴史的に日本に対する朝鮮の差別ともつながっているのではないか。その上、朝鮮人・韓国人はかつて朝鮮は先進国で日本に文化を教えてやったと思っている(日本人は中国文化が朝鮮半島を通って伝えられただけだと思っているが)から、そのことも日本を下に見る朝鮮人・韓国人の差別意識の一因ではないか。

日韓ですれ違いが生まれる構造


 人間は、上の者、対等な者に負けたときとは比べものにならないほど絶大な恥と屈辱を下の者に負けたときには感じる。朝鮮は、「日帝36年の支配」など問題にもならないほど、中国には長年に亘って支配され、搾取され、侮辱されてきており、被害の量を言えば、日本によるのと、中国によるのとでは雲泥の差がある。しかし、日本に対するほど中国を恨んではいない。恨んでいないどころか、多大の敬意を以て接している。朝鮮人・韓国人が中国を大声で非難攻撃したなんて話は聞いたことがない。歴史上、中国は朝鮮の下にいたことはなく、つねに上にいたからである。

ソウルの日本大使館前で、竹島を自国領とする日本の主張に抗議する人たち=2015年2月23日(共同)
 下に見ていた日本に統治された朝鮮人・韓国人の深い屈辱と恨みに日本人は気づかなかったし、今も気づいていないようである。日本人は日本人で朝鮮を下に見ていたので、朝鮮人が日本を下に見ていたとは思ってもいなかったからである。恨みに気づくどころか、かえって、日本人は朝鮮を統治することによって、その近代化に大いに貢献したとして恩に着せ、感謝されてもいいぐらいに思っていた。実際、この朝鮮統治は、投資事業と見れば、搾取して儲けたどころではなく、都市のインフラ、鉄道網、学校などの建設費で大赤字だったそうである。

 また、朴槿恵の父親の朴正熙大統領が日本と結んだ日韓基本条約に基づく日本の経済援助は戦後の韓国の復興に大いに貢献したので、ここでも日本人は大いに感謝されていると思っているであろうが、実際には、逆で、朴正熙はわずかの金欲しさに日本に迎合したと非難され、ついには暗殺され、韓国の復興は日本の援助とは関係なく、ひとえに韓国人自身の創意と努力の賜物ということになっている。

 とにかく、韓国人にすれば、日本のおかげで近代化できたということ、日本のおかげで戦後復興ができたということが恨みのもとなのである。日本人が韓国人に感謝されると思って恩恵を与えれば与えるほど、韓国人の恨みが増すという皮肉な結果になっている。韓国人が、日本による統治によって韓国の近代化はかえって遅れたと事実に反することを頑固に信じているのは、そう信じないと屈辱に耐えられないからである。そのような気持ちがわからない日本人は、韓国が日本のおかげで近代化できたとおおっぴらに発言すれば、なぜだかよくわからないが、韓国人が猛烈に怒り狂うので、納得できないまま、腹の中にしまい込んで言わないが、心の底ではそう思い続けており、あいつらは事実を事実と認めない愚かで恩知らずな奴だとさらに軽蔑することになる。恨みと軽蔑の悪循環である。

 同じように、日本人は、インドを植民地化し、インド人を奴隷扱いする冷酷なイギリス人と違って、寛大にも朝鮮人を平等に日本人にしようとし、日本式の姓名を名乗らせたり、日本語を教えたりしたが、これがまた感謝されずに恨みを買った。朝鮮人・韓国人は無理やり強制されたと思っているが、日本人は彼らのためにもそのほうがいいと、恩恵を施しているつもりだった。日本式の姓名を名乗りたければ、名乗ってもいいと許容しているつもりであった。こういう点において、日本人はまさに自己中心的で無神経であって、主観的に善意であれば感謝されると思っていて、相手を傷つけることに気がつかないのである。

彼らの劣等感を刺激するもの


 しかし、自己中心的で無神経である点では、韓国人も決して日本人に負けてはいない。たとえば、朴槿恵大統領は、日本がその歴史認識を改めない限り日本を相手にできないと声明するが、自分の歴史認識は絶対正しいと思っているらしい。彼女が本当にそう思っているのか、国民の人気を維持するためにそう言っているだけなのかはわからないが、本当にそう思っているとすれば、愚かだとしか言いようがない。国民の人気を維持するためにそう言っているのだとすれば、国民を馬鹿にしている。

 日本が朝鮮を統治したことに関して、さまざまな見解があり得ようが、いずれにせよ、常識的には、日本側にも朝鮮側にも責任があると考えるのが妥当なところであろう。日本側に大半の(かりに、80%とか)責任があるとしても、朝鮮側にも責任(事大主義とか、独立自尊の精神に欠け、自ら国を守る意志が弱いとか、現実認識が甘いとか)が全然ないわけではない(かりに、20%とか)。実際問題として、二者の関係でいろいろ問題があるとき、一方の責任が100%で、他方の責任が0%ということはまずあり得ない。朝鮮・韓国が自らの責任は0%だと考えているとすれば、「植民地化」という事態を招いた自国の構造的欠陥は決して改められず、永遠に温存され、もしまた別の軍国主義国がどこかに現れたら、再び簡単に「植民地化」されるであろう。

 実際、朝鮮・韓国は独立自尊の精神に欠けるところがあるのではないか。たとえば、大東亜戦争は、戦争遂行に必要な資源を獲得することが主な目的であったことは確かであるが、欧米の植民地主義からのアジアの解放と独立のきっかけになったことも確かである。しかし、それはきっかけに過ぎず、基本的には、インドもインドネシアもベトナムも、自ら血を流し、壮絶な独立戦争を戦って自力で独立を獲得したのであるが、朝鮮・韓国の独立は、日本がアメリカに敗北した結果として、棚からぼた餅が落ちてきたように、何もしないでいると、向こうから勝手に舞い込んできたものである。日本からの独立のために日本軍と戦って戦死した朝鮮人・韓国人は一人もいない。このことは、朝鮮人・韓国人の劣等感を刺激するらしく、北朝鮮が金日成に率いられたパルティザンが日本軍を蹴散らして平壌に凱旋したとかのホラ話をデッチあげたり、朴槿恵大統領が日本の政治家を一人殺しただけの安重根を英雄に祭りあげてハルビンとかに銅像を建立しようとしたりするのは、劣等感を解消しようとしてのことであろう。近代の韓国には安重根以外に英雄はいないのであろうか。

 インドもインドネシアもベトナムも、朝鮮と比べものにならないほど、旧宗主国に長年にわたってひどい目に遭わされているが、韓国ほどしつこく執念深く旧宗主国に文句を言い続けたりしないのは、勇猛果敢な独立戦争を通じて攻撃精神を発揮し、誇りを回復することができたからであると考えられるが、独立戦争をしていない朝鮮・韓国は、発散していない怒りが澱み、今なお疼き続ける敗北感と屈辱感に打ちのめされて、日本に文句を言い続ける以外に憂さの晴らしようがないのであろう。

屈辱を否認する時


 日本に対する朝鮮人・韓国人の屈辱感が根深いのには、そのほかにもっと深刻な理由がある。争いに敗れ、服従させられ、不本意なことを強いられるのは確かに屈辱であるが、それ以上の屈辱は屈辱を容認し、あえてわざわざ屈辱的なことを自ら進んですることである。このような卑屈なことは、平静な自覚意識に基づいて、屈辱を屈辱と認識し、自尊心を堅持している限り、できることではない。しかし、このような屈辱的状況において、平静な自覚意識をもち続けることは至難である。人間は、弱いものであって、このような状況では、あまりもの屈辱に耐えかねて、自己欺瞞に走りがちである。すると、屈辱は屈辱であることを否認され、主観的には屈辱は屈辱ではなくなるから、勝者から求められた屈辱的なことを、もともと自分がやりたかったことだとして、自ら進んでむしろ過剰に実行することになる。

 日本に統治された朝鮮はまさにこのような自己欺瞞の状態にあったのではないかと思われる。ところが、日本が敗北した。朝鮮人・韓国人は自己欺瞞の必要がなくなった。自己欺瞞の箍が外れると、抑圧されていた怒りと恨みがマグマのように噴出してきた。同じく抑圧されていた自尊心も噴き上げてきて、いやが上にも過剰に高まった。高まった自尊心の視点から見ると、「植民地時代」の自国民は絶対に現実にやったとは認められない、とんでもない屈辱的で卑屈なことを無数にやらかしていた。独立後の、とくに経済復興後の韓国人としては、そのようなことを自ら進んでやったとは太陽が西から出ても容認できなかった。すべては日本人に暴力を振るわれ、拷問され、脅迫されて、最大限、抵抗したが、力が及ばず無理やり強制されて、やらざるを得なかったとしなければならなかった。それならまだしもいくらか自分を許せるのである。

 しかし、実際には、いわゆる「従軍慰安婦」にしても、労務者にしても、日本側が経済的・状況的・情緒的に、あるいは甘言を弄して、そうせざるを得ないところに朝鮮・韓国の若い男女を追い詰めたということはあったにしても、暴力を振るって無理やり拉致したり強制したりしたことはなかったとのことである。もちろん、背後には日本人がいたのであろうが、慰安婦の募集は主として朝鮮人の業者が行ったとのことである。また、朝鮮人慰安婦も、嫌がって必死に抵抗したが押さえつけられて強姦されていたのではなく、ヨーロッパ戦線において白人のアメリカ兵より勇敢に戦って死傷率がはるかに高かった日系のアメリカ兵のように、朝鮮女性だって日本女性に魅力が劣るものではない、日本人慰安婦に負けてなるものかとまじめに仕事に励んだ者もいたと聞いている。戦況がますます不利になったとき、日本軍は、それまで控えていた朝鮮人の徴兵に踏み切ったが、予定していた人員の何十倍もの応募者がいたそうである。また、朝鮮人の特攻隊員もいた。朝鮮人は、けっこう、日本の戦争に自ら進んで協力していたのである。

 しかし、今となっては、これらのことは、朝鮮人・韓国人にとっては、胸がキリキリ痛むような、はらわたが煮えくり返るような屈辱である。

 それなのに、日本人は、朝鮮人・韓国人の恨みには、合理的とはいえないにせよ、それなりの深い特殊な理由があることを理解せず、日本は朝鮮に、イギリス、フランス、オランダ、アメリカなどがアジア諸国に加えたほどのひどい悪事はしておらず、それどころか、近代化を促進し、経済復興を助けて「やった」のに、何をいつまでもクドクド、ネチネチ文句を言っているのだと、憤懣やるかたない。韓国人は日本人が韓国人の恨みを理解しないどころか、嘲笑し軽蔑するのでますますイライラし、恨みを深くする。まさに日韓関係はこんがらがって、ほぐしようがないように見える。

オールオアナッシングで解決するか


 A陣営とB陣営がいがみあい、争っているとき、最も絶望的事態は、両陣営がともに、さっき挙げた歴史認識に関する朴槿恵大統領の発言が典型的な例であるが、自分の見解は全面的に正しく、相手の見解は全面的に間違っており、相手が自分の見解を採用することが唯一の解決であると思っている事態である。これではどこにも出口がない。

 朴槿恵大統領はまさにこの事態にあるようであるが、これは韓国国民の大勢の気分を代表しているのであろうか。もしそうだとすれば、問題の解決はきわめて困難であろう。歴史が示しているように、ある国がこのような気分に流れているとき、客観的証拠の提示や論理的説得はほとんど効果がない。日韓のあいだでは、謝罪・賠償・靖国神社などの問題で対立しているが、たとえば、謝罪に関して言えば、日本の首相がどれほど謝罪しようが、韓国が満足することはない。

 以前、どこかで指摘したことがあるが、韓国の大統領は日本に謝罪させることを国民の人気を得るための業績としているらしく、したがって、ある大統領が日本からあるレベルの謝罪を獲得すれば、次の大統領はそのレベル以上の謝罪を獲得しようとするから(その流れで、李明博大統領は天皇の謝罪まで言い出した)、キリがない。また、賠償に関しても同じで、韓国は日本からこれこれの金額の損害を被ったからそれに相当する賠償を要求するという合理的なものではなくて、日本は韓国に賠償しなければならないほどの悪事を犯した悪の国であることを示し、日本を貶めるための賠償要求であり、韓国は日本を徹底的に貶めたいのだから、これまたキリがなく、莫大な賠償をすれば、それで済むというわけにはゆかない。賠償をすれば、さらなる賠償の呼び水になるだけである。

 わたしは、中国が日本の首相の靖国神社参拝に抗議するのは、中国としてはそれなりの根拠がないでもないと思っているが(ここは日中関係を論じる場ではないので、ごく簡単に言うと、1972年の日中国交正常化の交渉の際の、日本軍国主義者と日本人民を区別した周恩来の発言)、韓国が抗議するのは何の根拠もなく、根も葉もない的外れのたわごとである。第一に、敗戦前は、韓国は日本だったのであって、日本は韓国と戦争したわけではなく、もし靖国神社の戦犯の合祀が問題であるとしても、日本には韓国に対する戦犯は存在しない。戦争中、日本は、日本人だった朝鮮人を兵士、軍属、労務者、慰安婦に使ったが、それは戦争犯罪ではない。戦争中、日本政府・日本軍部は、内地の田舎でのんびり田圃を耕していた農民を徴兵して危険な戦地に追いやって死なせたが、日本国民として当然の兵役の義務を課しただけであって、何の義務もない田舎の青年を何の権利もないのに拉致して不当な労役を強制して殺したわけではない。現在の韓国人・朝鮮人が、戦争中、日本人だった韓国人・朝鮮人に対する日本の好ましくない行動を、あたかも外国人に対する好ましくない行動のように見なし、問題にするのは見当違いも甚だしい。

彼らの深い屈辱感を理解すべき


 このように、現在の韓国人は気でも狂ったのかと思われるような馬鹿げたとんでもないことばかり言ったりしたりしているように見えるが、では、われわれ日本人はどうなのであろうか。日韓関係の歴史と現状について、韓国人には見えていないが、日本人には明らかなことがあるが、しかしまた、日本人には見えていないが、韓国人には明らかなこともあるのではないか。もし、日本人が日本は全面的に正しく、韓国が全面的に間違っており、韓国が日本と同じ考え方をするようになれば、日韓関係はうまくゆくと考えるとすれば、それは、日本人が韓国人と同じレベルに堕ちているということであろう。近頃、東京の大久保あたりで、朝鮮人・韓国人を罵倒するヘイトスピーチなるものを叫びながらデモする連中がいるとのことであるが、彼らのことを考えると、朴槿恵を笑ってばかりはいられない。いずれにせよ、朝鮮人・韓国人の深い屈辱感を理解すべきである。朝鮮人・韓国人に日本人がどう見えているかを考慮すべきである。


岸田秀氏(きしだ・しゅう)
 昭和8(1933)年、香川県善通寺市に生まれる。早稲田大学大学院修士課程修了。和光大学名誉教授。昭和52年に刊行した『ものぐさ精神分析』(青土社)で「唯幻論」を唱え注目を集める。著書に『二十世紀を精神分析する』(文藝春秋)、『日本がアメリカを赦す日』(毎日新聞社)、『嘘だらけのヨーロッパ製世界史』『「哀しみ」という感情』(新書館)など。