河合雅司・産経新聞論説委員

 2060(平成72)年の人口は現在の「3分の2」の8674万人にまで落ち込む。高齢者が4割を占め、高齢者1人を1・3人の勤労世代で支える「肩車型社会」が到来する。国立社会保障・人口問題研究所が映し出した「50年後の日本」の社会像は衝撃的だ。

 75歳以上がほぼ一本調子で増え続け、勤労世代である生産年齢人口(15~64歳)は現在の8173万人から4418万人に半減する。平均すれば毎年75万人ずつ減る計算だ。世代間の支え合いである社会保障制度など、とても維持できない。

勤労世代の足腰は弱く

 問題は支え手の人数が減るだけでは済まないことだ。肩車の上に乗る高齢者の“体重”は重い。高齢者数が増えれば社会保障にかかる費用も伸びる。政府の推計では、現在の約108兆円が2025年には約146兆円に膨らむ。2060年にはさらに大きくなるだろう。

 一方で、下となる勤労世代の足腰は弱っている。勤労世代のほうは非正規労働者が増大し、就職ができずに生活保護を受給せざるを得ない若者は珍しくない。すなわち、やせ細った若者が、丸々太った高齢者を肩車している状況を想像すれば分かりやすい。

 政府が「社会保障と税の一体改革」を急ぐのも、こうした未来像への危機感だ。日本の人口構造の変化の速さを考えれば、改革が遅れた分だけ制度の立て直しに向けた状況は困難さを増していく。

 だが、野田政権のような「増税」一本やりでは解決はしない。消費税率の5%引き上げを考えているが、社会保障の安定財源はなお足りない。今回の一体改革は、当面の課題を解決するための小手先の対応にすぎないのである。

増税だけでは解決せず

 社会保障を少子高齢化と人口減少に耐えうる制度にするにはどうしたらよいのか。税や保険料負担を青天井で上げ続けるわけにはいかない以上、それ以外の方法との組み合わせを考えるしかない。

 まずは発想を変えてみることだ。例えば、高齢者の数を少なくする。減らすといっても、物騒なことを考えようというわけではない。65歳以上を「高齢者」としている現在の定義を改めるのだ。

 2060年の平均寿命は男性84・19歳、女性90・93歳と予想されている。60歳そこそこで定年退職を迎え、社会から引退するのはいくらなんでも早すぎる。

 いまでも元気な高齢者は少なくない。今後、医療技術などがさらに進歩すれば、平均寿命が単に延びるだけでなく健康で長生きする人も増えるだろう。過去50年間をみても“シルバー像”は大きく変わった。

 仮に、高齢者の線引きを「75歳以上」へと引き上げたらどうなるだろうか。2060年の高齢者の割合は26・9%にまで下がる。高齢者から外れる65~74歳のうち、意欲のある人が職に就けば労働力不足の解消策ともなる。同時に「子供」の定義も見直す。現行の区分では14歳以下が子供扱いだが、15歳で職に就く人は多くはない。例えば、子供は「19歳以下」としよう。

避けられる肩車型社会

 高齢者1人を何人の勤労世代で支えればよいのか。この“新たな人口区分”で計算し直すと、日本の未来像は違った姿を現す。団塊世代が75歳以上となる2025年においても「3・7人で1人」と現在のような騎馬戦型社会を維持できる。2060年は「2・2人で1人」で、肩車型社会は避けられるのだ。

 さすがに74歳まで現役で働くというのは現実的ではないという声も多いだろう。ならば、「70歳以上」で線引きをしてもよい。要するに、現行の年齢区分に歩調を合わせて作られてきた社会システムを見直さない限り、これからの社会の激変は乗り越えられないということだ。

 もちろん、年齢区分を見直すだけではうまく機能しない。いくら60代、70代に元気な人が多いといっても若者とすべてが同じとはいかない。年齢の重ね方には個人差もある。社会の作り替えは一朝一夕には行かないであろう。

 しかし、わずか50年で勤労世代が半減するという「国家の非常事態」である。あらゆる分野で、これまでの慣習や仕組み、ルールなどを一から見直す必要があることだけは間違いがない。