山本俊哉(明治大学教授、一般社団法人子ども安全まちづくりパートナーズ代表理事)

 津波からの高台等へ避難する経路と所要時間が一目で分かる逃げ地図づくりが全国各地で行われている。北は岩手県から南は高知県まで11都県に及ぶ。東日本大震災の経験と教訓が生んだ新たなリスクコミュニケーションの手法であり、子どもでも作成が可能な地図である。

 その作成手法を考案したのは、日本を代表する大手設計事務所・日建設計の若手社員たちで、私は2年前から彼らと研究開発グループを立ち上げ、逃げ地図の作成と活用の全国的な普及と多面的な展開に関わってきた。

地図と色鉛筆と紐でどこでも作れる


 逃げ地図の正式名称は、避難地形時間地図という。津波のハザードマップや過去の履歴などからの高台等の避難目標地点を設定して、そこまでの避難経路とその所要時間を色塗りする。2,000~2,500分の1程度の地図と12色以上の色鉛筆と紐(ひも)さえあれば、どこでも作成可能である。

地図と色鉛筆と紐があれば、どこでも作成可能
 ここでいう紐とは、逃げ地図用の物差しである。巻き尺ほど長くなく、5~7cmほどの短い切れ端である。足の悪い高齢者が3分間で移動する歩行距離を平均129mとして設定して、その3分間の距離分を物差しとして用意している。高齢者の交通計画に詳しい秋山哲夫氏によると、高齢者の歩行速度は平均46m/分であるが、坂道や階段等の勾配による歩行速度の低減率を考慮して43m/分として設定した。

高齢者の坂道の歩行速度を3分間129mと設定した逃げ地図の物差し
 この紐を地図にあてて、避難目標地点を起点にした避難経路に3分間までは緑色、3~6分間は黄緑色、6~9分間は黄色、9~12分間は橙色というように色塗りをしていく。その際、振動による倒壊や崖崩れ等で通行不能になるおそれのある道路や橋梁等は×印をつけて避難経路を記す。一通り塗り終わった後、避難経路に避難方向を示す矢印(→印)をつける。

 重要な点は、作成された逃げ地図を見て気がついた意見を話し合うことである。つまり、逃げ地図の作成は、あくまでも手段であって、目的ではない。目的は、避難計画の検討にあり、逃げ地図はより満足度の高い安全なまちづくりに向けた合意形成を可能にするプラットフォームであり、ツールである。

陸前高田市の米崎地区で作成された逃げ地図

復興支援活動から生まれた


 逃げ地図の作成手法は、日建設計の業務としてではなく、震災復興支援のボランティア活動の中から生まれた。かつて仕事でお世話になった被災地の建築関連会社の方々から意見を聞く中で、被災地にとって必要なことで彼らができることは、津波からの避難に関するリスクの可視化であった。つまり、逃げ地図の作成を通して、具体的にリスクを把握することが被災者の漠然とした不安を和らげて、復興計画の立案・策定に向けた合意形成が容易になると考えた。

 日建設計は、東京ドームや東京スカイツリー等の大規模施設の設計を数多く手がけてきた。設計にあたって避難計画を考えることはごく当たり前のように身体にしみ込んでいたため、避難の地図を作成することは自然であった。

 地図作成自体が目的ではなかった。作成した地図をもとに今後の復興計画案の費用対効果を検証することに狙いを置いた。つまり、高台への避難階段や避難道路の整備、あるいは津波避難タワーの整備など、考えられる計画案の整備効果を避難時間の短縮という観点から比較検討するツールとして逃げ地図を活用しようと考えた。

 こうした作業は、コンピューター上で行った方が簡単ではあるが、復興計画の立案・策定に向けた合意形成を進めるため、住民ワークショップを基本にした。

 逃げ地図作成に類似した既往の手法としては、総務省消防庁が作成して普及してきた「地域ごとの津波避難計画策定マニュアル」に基づく津波避難計画地図作成の住民ワークショップがある。これは2001年度に津波対策推進マニュアル検討委員会がまとめたもので、過去の津波の履歴や津波シミュレーションに基づき、避難対象区域・避難場所・避難路等を設定・指定し、避難計画を立案・策定する。逃げ地図と作成手順が類似しているが、決定的に違う点は避難場所までの避難時間の記述の有無である。同マニュアルでは実際に避難場所まで歩いて避難時間を測定することを指示しているが、逃げ地図はそれが一目で分かる。

陸前高田市での逃げ地図の作成


 私は、震災直後から陸前高田市に入り、学生たちとともに避難所や仮設住宅で暮らす被災者からの聞き取り調査を実施してきた。小中学生たちがいつ、どの経路を通って避難したかを調べていた時に、日建設計ボランティア部のメンバーと陸前高田市で出会った。今から3年前のことである。その後連絡を取り合い、千葉大学の木下勇教授ら逃げ地図に関心を持つ研究者とともに、逃げ地図の研究プロジェクトチームを2013年4月に立ち上げた。

 陸前高田市では、日建設計のメンバーが長部地区で2012年2月に岩手県初の逃げ地図作成ワークショップを開催したが、震災から1年後で高台移転等の懸案事項を抱えていたこともあり、逃げ地図を作成しただけにとどまった。

 大きく進展するのは、2013年9月に高田東中学校で中学3年生約60名と地域住民らの計100名以上を集めたワークショップからである。高田東中は震災後に米崎・小友・広田の3中学校が合併し、生徒の通学環境が大きく変わったことから、通学時の生徒の安全を心配する声があがっていた。そこで、米崎・小友・広田の各町の逃げ地図を作成し、避難に係るリスクの共有を図った。

陸前高田市の小友地区で開催された逃げ地図ワークショップ
 中学生たちが自分たちのまちの逃げ地図を作成したことが功を奏したようだ。広田湾と大船渡湾の両方から津波が押し寄せた小友町では、消防団が立ち上がり、地域住民や小友小学校の関係者と逃げ地図を作成した。

 陸前高田市では全国で最も多い51名の消防団員が津波の犠牲になった。消防庁では、その経験と教訓から、消防団の使命と安全確保の両立を図るために、退避ルールの確立や活動可能時間の設定等を内容とする「津波災害時の消防団活動・安全管理マニュアル」の作成をすすめた。陸前高田市でも消防団の地震災害活動マニュアルに「津波予想到達時刻10分前には予め分団で定めた避難場所に必ず退避を完了する」ことが定められたが、要援護者を置き去りにして10分前に避難場所で退避していて住民の理解を得られるのかなど、消防団員の間に戸惑いや葛藤があったという。それが逃げ地図作成を通して、消防団が震災時に交通規制した場所のリスクや避難誘導の方法について点検・議論され、消防団の行動に関する合意形成が進んだ。

 一方、小友小学校では、作成された逃げ地図に基づき、震災時の避難場所と避難経路を見直して避難訓練を行い、従来よりも5分短縮できることを確認した。そして新たな避難場所や学校からの避難経路、スクールバスの避難経路等を記載した通学路安全マップを作成し、児童や保護者に配布した。先日、津波注意報が発令された際も、この避難計画に沿って指定した避難場所まで適切に移動した。
小友地区で作成された逃げ地図の一部
 半島部の広田町では、避難計画の視点から高台移転等の復興事業を検証するために、中高生、消防団、漁協女性部を中心にしたワークショップを3回重ねて、町内7地区の逃げ地図を作成した。2014年12月に陸前高田市が主催した「将来計画策定へ向けた地区別住民懇談会」では、「逃げ地図を参照にすべき」という意見が各地区からあがり、広田町の将来計画に反映されることになった。

PDCAのマネジメントサイクルのツールに


逃げ地図作成経験のある中学生も参加した都市計画マスタープランの検討会議(下田市)
 南海トラフ巨大地震の発生に伴い、高さが最大33mの津波が襲来すると想定された静岡県下田市でも、2014年2月に下田中学校で中学1年生約90名が参加したワークショップが起点になって逃げ地図づくりが市内各地に広がった。

 朝日小学校のある吉佐美地区では、地元の自主防災会と吉佐美区(自治会)が東日本大震災後に各集落での検討結果をまとめて合計16カ所(2014年4月時点)の緊急避難場所を指定した。下田中の生徒たちが作成した逃げ地図は、結果的にその避難場所の指定が適切であったことを検証するものになった。しかしながら、崖崩れがあると通れない道路があるという指摘があったことから、吉佐美地区の住民有志が集まり、土砂災害も考慮した逃げ地図を作成することになった。

 同じ地区の逃げ地図を複数の班が作成する際には、設定条件を変えると効果的である。例えば、下田市白浜地区では、遡上高10mと20mの津波からの避難、地元が指定した緊急避難場所までの避難という3つのケースの逃げ地図を作成して比較した。その結果、津波の想定条件を変えても10分以内に避難できる地域であることが分かり、地元が指定した避難場所の妥当性も検証することができた。下田中学校のワークショップでは、津波避難ビルを避難場所とする班としない班に分かれ、できあがった地図を相互に比較して津波避難ビルの設置効果を検証した。

土砂災害を考慮した逃げ地図の一部。
は緊急避難場所、×印は土砂災害に伴う通行不能箇所。
 吉佐美地区でも、土砂災害を考慮する班と考慮しない班に分かれ、前者は静岡県のハザードマップを参照して崖崩れで通行不能になる避難階段や道路、トンネルを点検して逃げ地図を作成した。その結果、崖崩れで通行できなくなっても、各集落の避難訓練のルートを通れば、避難時間に大差がないことが明らかになった。しかしながら、集落単位ではなく個人単位で近くて安全な場所へ避難した方が良いという意見が出された。参加した中学生からはルールに縛られすぎると危険な場合があるという意見もあった。逃げ地図ワークショップはこうしたリスクコミュニケーションを図る上で有効な機会と場になっている。

 下田市では、この逃げ地図作成と並行して、地区ごとの津波避難計画の策定や都市計画マスタープランの見直しを進めている。吉佐美地区がそうであるように、新たな避難場所や避難経路が確保されると、避難時間が短縮され、逃げ地図の色が変わる。つまり、住民や行政がアクションを起こすと、それが逃げ地図に如実に反映される。逃げ地図は、単に計画をたてるだけでなく、評価をして、新たなアクションを展開するPDCAのマネジメントサイクルのツールでもある。