井上寿一(学習院大学学長)







 第一次世界大戦開戦100年から戦後70年へ、メモリアルイヤーを意識しながら2015年の日本外交はどのように展開すべきか。

 昨年の「イスラム国」の台頭は、アラブ中東地域における勢力地図が第一次世界大戦前に戻りかねないことを示唆した。そこにウクライナ情勢の緊迫化が加わった。これらの危機的な状況は第三次世界大戦を引き起こしかねなくなった。

警戒すべき緊張からの緩和局面


 日本にとってこのような国際情勢は、100年前の「欧州動乱」がそうだったように、対岸の火事に過ぎなかった。しかし傍観を決め込むわけにはいかない。原発問題を抱える日本の資源エネルギーは、これらの地域に対する依存度を高めているからだ。他方でシェールガス革命のアメリカの依存度は低下するかもしれない。そうなればこれらの地域をめぐる両国の利害関係の違いは、日米同盟に影響を及ぼすおそれが出るだろう。これらの地域に対する日本の自主的な外交が必要な所以(ゆえん)である。

 メモリアルイヤーとしての2015年は近隣諸国関係において特別な意味を持つ。今年は中国・韓国からすれば「抗日戦勝利」あるいは「光復節」70周年である。日中にとっては対華21カ条要求から100年、日韓にとっては日韓基本条約50周年の年に当たる。

 対立の歴史を想起させる一方で、近隣諸国関係は部分的な修復に向かうかもしれない。その背景にあるのは経済的な相互依存関係である。警戒すべきは緊張が緩和に向かう局面だろう。緊張時にはコントロールできる偶発的な事件が起きやすいからである。満州事変も日中全面戦争も勃発の直前の両国関係は修復に向かっていた。

 領土・国境線や歴史認識の問題に対して、日本は従来の基本的な立場を堅持しつつ、より積極的な広報外交に努めるべきである。近隣諸国に対する影響は限定的であっても、欧米諸国や東南アジア諸国に対しては違う。日本の立場に理解を求める一方で、戦後70年を巡るこれらの国との和解を発信する必要がある。

日本の自画像訴求した談話に


 和解の発信は首相談話の形式を取ることになるかもしれない。戦後70年の首相談話は、戦後の70年間と戦前をつなぐ歴史観に基づくものにしたい。別の言い方をすれば、戦後70年の首相談話は、非西欧世界のなかでいち早く近代化に離陸し、曲折を経て、成熟した先進民主主義国をめざす日本の自画像を訴求しなくてはならない。

 今年は国連創設70周年でもある。10年前は日本の国連安保理常任理事国入りの機運が高まった。今は針穴に糸を通すに等しい。国連改革は進まないだろう。それでも安保理非常任理事国のポストが確実な今年の日本は、国益と国際公共利益のバランスをとりながら実績を積み重ねることで、平和構築に責任を果たすべきだろう。

 国連改革以上に進まない、あるいは逆行しかねないのが欧州統合である。昨年の欧州議会選挙で欧州統合を批判する極右勢力が議席数を伸ばした。今年5月のイギリスの総選挙は保守党の勝利が予想される。そうなれば2017年に欧州連合(EU)加盟継続の是非を巡る国民投票が実施されて、EU脱退が実現するかもしれない。

 欧州統合はアジアにとって地域統合の模範だった。模範が失われていく一方で、今年東南アジア諸国連合(ASEAN)共同体が創設される。アジアのなかの日本が自立的な地域統合を主導できるか否か。試金石の年になるだろう。

国民世論の分裂修復を期待


 外交に関連する国内政治はどうなるか。先の総選挙を「アベノミクス選挙」と名づけて勝利した安倍晋三首相は、改めて憲法改正への意思を明確に示した。総選挙の結果は改憲よりも別の問題を巡る自民党の解決力に対する期待の表れではなかったか。別の問題とは景気対策や社会保障の問題のことを指す。別言すれば、国民が期待しているのは、穏健な保守政党による政権運営である。次世代の党の惨敗は自民党の穏健な保守政党化を促すだろう。それは経済重視の外交路線に軌道修正を図ることになる。

 先の総選挙で国民は安倍内閣の継続を求めると同時に、野党第一党の民主党に議席数の増加をもたらした。大幅な議席減が避けがたかったにもかかわらず、このような結果になったのは、二大政党制に対する国民の期待が残存しているからだと解釈できる。民主党は解党的な出直しと野党の再編をとおして、責任政党としての信頼の回復に努めなくてはならない。

 日本が二大政党制を前提とする成熟した先進民主主義国になるには、主要政党間で基本国策を共有することが重要である。領土・国境線や歴史認識の問題、安全保障政策で大きな違いがあってはならない。戦後70年をきっかけとして、これらの問題を巡る政党間対立と国民世論の分裂が修復に向かうことを強く願う。


いのうえ・としかず 一橋大学卒。同大大学院法学研究科博士課程単位取得退学。法学博士(専門は日本政治外交史)。学習院大学法学部助教授などを経て1993年から同教授。

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