志方俊之(帝京大学教授)

 東日本大震災は死者、行方不明者、震災関連死を含め約2万人に上る戦後最大の犠牲を伴った大規模自然災害であった。復興は鋭意進められているが、当初考えていたほどのペースではない。その原因は資材や労働力の不足だけではない。経験したことのない原子力災害からの復興には長い年月を必要とするのだ。残留放射能のため故郷に帰ることのできない人々の心の痛み、いわれなき風評被害など、これまでの災害復興とは全く性質の異なる要素を伴っている。

投入される隊員数がカギ


仙台空港近くの集落も津波の直撃を受け、降り続く雪の中でも、自衛隊による救出、捜索活動が続けられた=2011年3月17日午後、宮城県名取市(鈴木健児撮影)
 他方、われわれはこの大規模災害から多くのことを学んだ。まずこれほど詳細に記録された津波は世界でも稀(まれ)であろう。被災地の各所に設置されていた監視カメラや多くのヘリコプターで撮影された映像は、大規模津波による被害発生状況を詳細に記録した。

 また膨大な通信記録はビッグデータとして被災者の避難行動の様子を分析・再現するのに役立っている。これらの記録は今後の津波災害対策に大きい教訓を与えた。国際的な学術遺産とも言える。

 今なすべきことは、大規模津波に関する「予知・通報の情報システム」「緊急な救援・復旧のオペレーション」「レジリエント(強靱(きょうじん))な社会への復興」に沿った努力である。ここでは「緊急な救援・復旧のオペレーション」について述べる。

 緊急救援活動の最重要な第1段階は人命救助である。すべてのインフラが破壊されている被災現場での捜索活動は「人海戦術」となる。器材の数ではなく投入される隊員の頭数がカギとなるのだ。

 東日本大震災の救援活動で、自衛隊は初めて「予備自衛官」を招集し現地に投入した。訓練で招集したことは多いが、実際の災害派遣で現地に投入したのは初めてであった。自宅が被災しているにもかかわらず招集に応じて活躍した隊員もいて、自衛隊は予備自衛官制度に自信を持つことができた。

緊急時に際立つ統合機動力


 阪神・淡路大震災以降、警察に広域緊急援助隊、消防に緊急消防援助隊が編成され、全国的な規模で部隊を投入できるようになった。しかし、緊急時には何と言っても全ての機能を持ち合わせている自己完結型の陸海空自衛隊の統合機動力に勝るものはない。

 陸から近づけぬ被災地には海からホーバークラフト型の揚陸用舟艇が、それもできない地域にはCH-47型大型ヘリ(チヌーク)で部隊を投入した。近い将来、M-22型大型ヘリ(オスプレイ)が配備されれば、空中機動力は飛躍的に大きくなる。

 また阪神・淡路大震災当時、在日米軍の協力は物資を貸与する程度に限られた。しかし東日本大震災での米軍の協力は「トモダチ作戦」と名付けられ、大規模かつ迅速であった。豪軍輸送機が参加したことも特筆すべきことである。

 やがて緊急救援活動は人命救助から第2段階、被災者への生活支援に重点を移すことになる。大量の水、食料、衣料、毛布、医療品、発電機、燃料などを定常的に補給しなければならない。

 ヘリや揚陸艇による物資補給は限界があるから、次に必須な活動は被災地に達する道路網の啓開(瓦礫(がれき)の排除、整地、架橋)である。被災地へ至る道路の緊急な啓開能力を保有しているのは、陸上自衛隊の施設科部隊と国土交通省のテック・フォース(緊急災害対策派遣隊)である。これらの部隊が行う必要最小限の啓開作業と並行して、民間会社による本格的な交通路の維持作業が行われる。

国連防災会議で教訓の発信を


 第1段階と第2段階に共通して必要な機能は通信機能である。警察、消防も独自の通信網を持っているが、指定公共機関による本格的な通信網が機能するまでは、自衛隊の通信網が大活躍する。特に海上自衛隊の「ひゅうが型護衛艦」は、陸海空統合通信組織の中枢として、また米軍や豪軍との通信網として機能する。

 東日本大震災の救援活動の特色は、原子炉事故に伴う放射線量計測、汚染地域からの避難民誘導、原子炉の冷却作業を実施したことである。事故直後からこの任務を組織的に行えたのも自衛隊であった。中央即応集団の配下にある中央特殊武器防護隊を中核に、全国の師団と旅団に配置されている特殊武器防護隊を現地に集中して活動させた。本格的な放射線量計測網ができるまでは、この部隊が計測値をオフサイトセンターに送り続けたのであった。

 さらに救援活動で特筆すべきは、全国の自治体が物資だけでなく人材を派遣し被災した自治体を支援したことだ。それが自治体間で平時から応援協定を結ぶ形として残ったのは大きい進歩だった。

 仙台で行われる第3回国連防災世界会議(3月14~18日)は「自然災害」「気候変動」「社会のレジリエンス」をテーマに過去10年を振り返って、これから10年の災害リスク削減の指針を提示するものである。

 この機会に、われわれは東北復興の成果と難しさを世界に発信し、教訓としなければならない。