佐藤優(作家、元外務省主任分析官)

 2014年12月17日、米国のオバマ大統領はホワイトハウスで演説し、近くキューバとの関係正常化を行うと発表した。

 オバマ大統領が17日に発表したキューバに対する融和・関与政策への転換は、キューバへのヒトやモノ、カネ、情報の流入を拡大することにより個人や市民社会を支援し、社会主義体制の内部からの変革を促すことを狙ったものだ。だが、共和党からは反発の声があがり、次期大統領選にも影響するとみられる。

 「米国は中国やベトナムとも国交を回復した。キューバとも新たな章を設けるときだ」

 オバマ大統領はホワイトハウスで発表した声明の中で、東西冷戦終結後、なお存続する共産党一党支配の国家を引き合いに、こう指摘した。

 根底には、米国の規制措置による孤立化政策は、民主化をはじめ変革をもたらすに至らず、「失敗だった」(ホワイトハウス高官)との認識がある。そこで、関係改善と制裁・規制緩和を通じ「国民と市民社会に力を与える」ことに、重点を移した。


ハバナ勤務の米国務省職員


 外交を断絶すると、「利益代表国」を指定する。外交がなくなった国と連絡を取る必要が生じた場合は、利益代表国を通じて行う。大東亜戦争中、米国における日本の利益代表国はスペインで、日本における米国の利益代表国はスイスだった。

 1980年代末、ソ連とイスラエルは外交関係を断絶していた。ソ連におけるイスラエルの利益代表国はオランダだった。オランダ大使館には、オランダ人外交官のパスポートを持ってイスラエルの外務省と秘密組織「ナティブ」(ヘブライ語で「道」の意味。ソ連・東欧からユダヤ人を秘密裏に出国させるための機関)の代表者が赴任していた。表面上、対立しているように見える国でも、裏では交渉のチャンネルを作っているという事例は多い。

 キューバに関しても、これがあてはまる。キューバにおける米国の利益代表国はスイスだ。ハバナのスイス大使館には100人以上の米政府職員(主に国務省)が勤務しているという。この話を筆者が初めて聞かされたのは、85年に外務省に入省し、情報調査局情報課で研修生をしていたときだ。先輩の課長補佐が、キューバ勤務から戻ったばかりで、「アメリカとキューバの関係は、外から見ているほど、悪くはないよ」と言って、スイス大使館の話を聞かせてくれた。外交の実態とはこういうことかと筆者は興奮した。

 89年11月にベルリンの壁が崩れ東西冷戦が終焉(しゅうえん)し、91年12月に崩壊した。キューバはソ連と軍事的につながっていたから米国の脅威だった。裏返して言うならば、外国の核の傘に入っていないキューバは、社会主義を掲げていても、米国にとって脅威ではない。しかし、米国の歴代大統領がキューバとの正常化に踏み込めなかったのは、フロリダに集中して居住するキューバからの移民が、社会主義政権に対する強硬策を主張する強力なロビー活動を展開していたからだ。オバマ大統領は、キューバ移民を敵に回しても、キューバとの関係正常化を選択した。その動機は、歴史に名前を残すことだと思う。

 今回の米・キューバ関係正常化には、バチカン(カトリック教会)が大きな影響力を行使したようだ。<米政府高官によると今回、両国政府はローマ法王とカナダ政府の仲介で2013年6月から秘密裏に接触を続けてきたという>(12月18日、産経ニュース)

 米国とバチカンのインテリジェンス協力は、キューバだけでなく、中国、中東でも積極的に行われている。世界宗教が外交に与える影響が可視化された事例としても本件は興味深い。