青木伸行(産経新聞ワシントン支局長)

 米フロリダ州マイアミから、フロリダ海峡を隔ててわずか約150キロのキューバ。青い海、降り注ぐ日の光、市民の陽気な笑顔…。首都ハバナにあるスペイン風コロニアル様式の建物が立ち並ぶ旧市街のたたずまいや、名物の1950年代の「アメ車」、そして、この国をこよなく愛した文豪アーネスト・ヘミングウェーが残した足跡も手伝い、そこが社会主義国であることを、つい忘れてしまいそうになる。

ヘミングウェーの邸宅、フィンカ・ビヒア
 そうした「明るい社会主義国」といったイメージも、ハバナ市内の湾岸部にある米国利益代表部の周辺へ行くと一変する。フロリダ海峡を望むビルの前には、米国へ渡航しようとビザ(査証)を求める市民に混じり、反体制人権団体などの面々が米政府当局者と接触するため、たむろしている。彼らの出入りを、キューバの情報・治安当局者が常時、監視し目を光らせていることは言うまでもない。

 関係者によると、米政府当局者との接触を妨害される者もいるという。反政府デモに参加するなどして、投獄される市民も後を絶たない。

 反体制人権団体のひとつ「エスタド・デ・サッツ」のアントニオ・ロディレス代表は、産経新聞に次のように語っている。

 「キューバには表現の自由がなく、集会の自由もない。その権利は憲法上、認められてはいるが、権利の行使には『条件』が付く。人々は言葉を発することができるが、社会主義の思想に従って発しなければならない。人々は集会を開くこともできるが、社会主義の倫理に従う必要がある」

 米政府はキューバ政府との国交正常化交渉で、人権改善を求め、利益代表部を格上げする形で大使館を再開し、市民の大使館への自由なアクセスも認めるよう要求している。これは前述したような実態があるからにほかならない。

 キューバ政府にすれば、経済発展を促すうえで、米政府による経済制裁とテロ支援国家指定の解除が、喉から手が出るほど欲しい。国交正常化の狙いも、この一点に集約されるとみていい。国交正常化へ向け動き出したことは、経済面で依存してきたベネズエラが経済難に陥ったことへの反動でもあり、伏線としての新たな活路を模索しているのだ。

 キューバの昨年の国内総生産(GDP)の伸び率は1・3%。政府は当初、2・4~2・5%と予測していたが、大きな貿易相手国であるベネズエラの経済危機が影響したという。

 そうした状況下で、仮に米国による経済制裁とテロ支援国家指定が解除されれば、2国間の経済効果のみならず、日本など外国からの投資を促し、輸出入も増えると期待している。

 これに対し、オバマ米政権はキューバにヒト、モノ、情報を流入させることで民主的な価値観を注入し、社会主義体制に“風穴”を開けるという青写真を描いている。

 こうした米側の狙いを、キューバは百も承知している。キューバ外務省顧問のカルロス・アルスガライ氏の言葉を借りれば、「象(米国)はいつでも草(キューバ)を踏みつぶす。米国は人権などの民主主義を、どの国にも植え付けようとする。しかし、どうするかはわれわれ自身が決めることで、圧力は駄目だ」という警戒感と反発となって表れる。

 キューバ政府は、あくまで「社会主義を維持する」と言明している。目指す基本的な方向性は社会主義を維持、発展させるために、市場原理を導入し経済の対外開放を進めるという、中国とベトナムが歩んだ道と同じだといっていいだろう。そのうえに「キューバ独自のスタイル」を見いだそうと、模索しているようだ。

 とどのつまり、キューバが経済的に、何より政治的に、国家統制の手綱をどこまで緩めるのかという、さじ加減の問題になる。

 キューバ政府は国交正常化交渉の開始に際し、米側の要求に応じ50人以上の政治犯を釈放している。こうした措置を今後も、米側との何らかの「交換材料」として、小出しにしていく可能性はあるものの、人権や言論などの統制を緩めるつもりは、今のところないようだ。

 オバマ大統領も「幻想は抱いていない」としている。ただ、国交正常化は、長い時間をかけ徐々に、一定の政治変革をもたらすだろうという期待がある。当面の問題としても、オバマ大統領は共和党から「国交正常化は、キューバを利するだけだ」という批判を浴びており、交渉の中で人権改善を主張せざるを得ない。

 オバマ大統領は、国交正常化に「前のめり」の姿勢だという。それは(1)大統領としての政治的な遺産づくり(2)米国の「裏庭」である中南米で、ロシアと中国の関与が増大していることへの対抗(3)中南米における反米感情の緩和―などに主眼を置いているためだ。

 そこで焦点は、米国とキューバの双方が人権問題でいかなる妥協点を見いだすのか、に移っているのだが、オバマ大統領が「成果」を急ぐ余りに譲歩しすぎれば、批判の火の手はさらに燃えさかる。