米国とキューバの国交正常化交渉が始まり、注目を集めている。カリブ海の小国と米国との関係は、直接に世界に与える影響は必ずしも大きくはないのだが、この問題にはさまざまな象徴性が投影されている。実は、この象徴性を理解することで、この問題を超えた世界と米国の趨勢を理解する一助となるのだ。

 最初の象徴性は、冷戦の残滓が解体されるという意味においてである。冷戦が終結してから25年が経とうとしている今日にあって、反共のレトリックで語られる米国の対キューバ政策はいかにも時代遅れの感があった。米国は、中国やベトナムなどの共産主義国とも国交があるし、権威主義や人権侵害という観点からキューバより劣悪な環境にある国とも国交がある。米国にとってキューバが特別なのは、自らの裏庭で共産革命を通じた反米国家が誕生し、ソ連やベネズエラなどの他の反米国家がそれを利用してきたというところにある。

 特に、1962年のキューバ危機は、冷戦がもっとも熱戦に近づいた瞬間として米国人に記憶されており、自らの安全保障と直結するのだ。長らく米国の保守派には、他の共産主義国は許せてもキューバは別だという発想があった。オバマ大統領は、イラク戦争の大義に反対して注目を浴び、大統領職を射止めたわけであり、保守派の時代遅れの脅威認識を幕引きする役者としては適任であろう。米国にとってキューバは、目障りではあっても、もはや実質的な脅威ではないのだから、政治決断さえしてしまえば国交回復も粛々と進むはずである。

 二つ目の象徴性は、米国内の人口構成の変化である。キューバ系をはじめとするヒスパニックの人口割合は上昇を続けており、現在では黒人を抜いた最大のマイノリティーとなった。高い出生率を背景に、将来的には白人の割合を抜く可能性すら指摘されており、足元でも選挙への影響力は大きい。

 これまでのヒスパニック層は、人口構成に占める割合に比して、政治的影響力は限定的であった。その理由のひとつに、民主・共和両党に政治的支持が分割されてきたことがある。黒人であれば、その大多数が民主党支持であるのと異なり、ヒスパニック層は、経済的観点からは民主党支持に流れることが多くても、敬虔なカトリック教徒が多く、共和党の社会的保守の主張に共感する層も多かったからである。しかし、このバランスが崩れ、次第に民主党支持に傾きつつあるというのが現状であり、民主・共和双方が支持を取り込もうと躍起になっているのだ。

 かつて、キューバ系アメリカ人の多くは、キューバからの亡命者が多く、カストロ政権が支配するキューバへの強硬策を支持していたが、潮目は変わったようである。米国の経済制裁は、カストロ政権を倒すことに効果はなく、むしろ、一般的なキューバ国民を苦しめているだけであった。冷戦が崩壊して、キューバと米国以外の国々との経済的交流も活発化してきており、キューバ系アメリカ人の間には、この流れに乗り遅れるなという発想も生じている。このような世論の変化が今般の政策変更を後押ししたことは間違いない。

 三つ目の象徴性は、今回の政策変更が典型的なレガシー・ビルディングであることである。オバマ政権は、二期目の中間選挙を終えた今、選挙のプレッシャーにさらされていない。このような時期には、政権の偉業=レガシーとなるような政策に取り組む例が多いのである。それまでの政治的現実から解放され、異なる論理や優先順位で政策判断を行う道が開けるからだ。上下両院を共和党に支配され、オバマ政権が内政において大きな成果を上げられる可能性は少ないので、大統領の権限が強い外交分野に注目が集まることになる。

 この種のレガシー・ビルディングには良い部分もあるのだが、米国の同盟国である日本にとっては要注意でもある。それまでの政策の常識とは異なる判断が行われる可能性があるからだ。例えば、対中国や対北朝鮮で、米国の政策がガラッと変わってしまうこともあり得る。オバマ政権は、米国の外交政策における東アジア重視を掲げる割に、実際には掛け声倒れの感があるので、それほど可能性が高いとは思わないが、大統領が北朝鮮との国交正常化に舵を切る可能性も否定はできない。実際、キューバやイランに対してはこれまでとずいぶん違う方向に向かっている。

 変化の可能性がもっとも高いのは、対中国政策であろう。米国の冷戦後の対中国政策は腰が定まっておらず、その時々で大きく揺れ動いてきた。安全保障分野では、中国を脅威とみなす一方で、米国企業は中国市場でのシェア獲得にしのぎを削っており、米政府もそれを後押ししてきた。オバマ政権が残りの任期中に、この分野で大きな政策変更を行う可能性は否定できない。

 米国の対キューバ政策の変更が日本に与える影響は大きくないが、米国が政策を急旋回する可能性は日本にとって他人事ではないのである。