河合雅司(産経新聞論説委員)

高齢者の激増止めよ


 地方の人口減少をいかに食い止めるのか。安倍政権が取りまとめを急ぐ地方創生の5カ年計画「総合戦略」の柱の一つが、東京圏への一極集中の是正だ。骨子案には「地方から東京圏への若者の流入に歯止めをかけることを目指す」と明記された。

 地方の人口減少と東京への流入は表裏の関係にある。地方にとって、若者の東京圏への流出を防ぐことは「死活問題」なのだ。

 しかし、ここには重要な視点が欠落している。すでに東京に住む人が今後味わう“医療・介護地獄”への対策だ。近い将来、深刻な社会問題になることが予想される。東京一極集中の是正を考える場合、この問題の解決を避けて通ることはできない。

 東京圏の高齢者激増は、経済成長期以降に上京した“かつての若者”が年齢を重ねたことに加え、現在の若い世代が地方の老親を呼び寄せているからだ。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、東京圏の65歳以上は2010年の731万8千人から、2025年は955万人、2040年には1119万5千人と1・5倍に膨らむ。

ベッドが極度に不足


 高齢者が増加すれば、患者も増える。日本医師会総合政策研究機構の「地域の医療提供体制の現状と将来-都道府県別・二次医療圏別データ集(2014年度版)」によれば、2011年に比べ2025年の東京都の脳血管疾患の入院患者は53%、糖尿病は39%、虚血性心疾患は37%増えるとの予測だ。総数では、入院患者は34%増、外来患者11%増という。

 大病院が集中する東京は、日本最大の医療集積地である。だが、ビジネス優先の街づくりをしてきたため、介護を要する高齢者用のベッドが極度に不足しているのだ。仮に、高度な治療を受けられたとしても、その後、転院先や療養先に困ることになる。

 同データ集によれば、介護保険施設のベッド数と高齢者住宅を合わせた高齢者向けのベッド数は、75歳以上1千人あたり100で全国の121を大きく下回る。23区の一部では危機的な状況にある。

 国土交通省の首都圏白書(2014年版)が東京圏全体の状況を分析している。2012年の人口10万人あたりの病床数は940床で全国平均の1336床に比べかなり低い水準である。65歳以上10万人あたりの老人福祉施設の定員も全国平均は509人だが、首都圏は315人だ。「国土のグランドデザイン」は東京都の介護施設利用者数が2025年には2010年の定員数の2・5倍程度に膨れあがると指摘している。

「在宅」支援は進まず


 とはいえ、地価が高い東京で高齢者向けの病院や施設を新設するのは容易ではない。しかも、政府は社会保障費の抑制に向け病院や介護施設から在宅医療・介護へのシフトを進めており、施設整備が一挙に進むとは考えづらい。

 このままでは“医療地獄”とも言うべき風景が広がりかねない。老後も東京圏に住み続けるには、“介護難民”に陥るリスクへの覚悟を必要とするようなものだ。

 厚生労働省も対策を進めてはいる。1つは病院機能の再編だ。若い世代が減り、高齢患者が増えれば疾病構造は変わる。高度な治療を行う病院を減らし、慢性期病院などに転換させて高齢患者の受け入れを増やそうというのだ。

 しかし、これは個々の病院の利害がからむだけに一筋縄ではいかない。東京圏には若い世代も多く、極端な転換も起こりにくい。

 2つ目は、自宅などで暮らし続けられるよう医師や看護師、介護職員などが連携して在宅医療・介護サービスや生活支援を行う「地域包括ケアシステム」の構築だ。

 だが、こちらも厚労省の思惑通りには広がっていない。家族や地域の支えが必要なのだが、1人暮らしや夫婦とも高齢者という世帯が増えた。東京圏では住民同士の結びつきが希薄な地域も多い。

 一方、人口が減少する地方の近未来図といえば患者不足である。高齢者が死亡すると患者も減っていくのである。すでに医療機関や介護施設の倒産まで懸念されている。

 こうしたアンバランスを考えれば、退職後は地方に「脱出」するのも一つの選択肢となろう。東京一極集中と地方の人口減少という2つの課題の同時解決ともなる。

 人口減少時代は、国民一人一人にどういう老後を選ぶのかを問うている。大病を患う前に考えておきたい。