佐野慎輔(産経新聞特別記者兼論説委員)

 このところ、北陸新幹線の話題が新聞、テレビにあふれている。とりわけ開業日にあたった3月14日の前後は、他に話題がないのかと思うほどだった。2011年3月の九州新幹線以来の新幹線開業だから無理ないのかもしれないが、こうした話題づくりはどこまで持続するのかなと気になってしまう。

朝もやが立ちこめる中、新高岡駅方面(左奥)に向かって疾走する
北陸新幹線の上り一番列車「かがやき500号」
=14日午前6時12分(本社ヘリから、恵守乾撮影)
 北陸新幹線が通る富山県高岡市が故郷である。18歳、まなじりを決してというわけでもなく、ほわーっと大学を受験したときは特急「白山」に揺られて上京した。長野を経由し、6時間以上もかかって上野に着いたとき、思わずよろよろしてしまった。そんな詰まらないことをまだ、憶えている。

 爾来40年余り、首都圏に住んでいるが、北アルプスという壁が立ちはだかる東京と新高岡が最短2時間23分で結ばれるとは思いもよらぬことだった。加賀藩2代目藩主、前田利長によって開かれた城下町、五箇山を控えた山間部と良港を持つ氷見、新湊という海浜部との交流点として古くから栄えた商人の町、銅器や漆器、現在では錫工芸で名を馳せる物作りの町、そして父祖の地。近くなったことを大いに喜ぶ反面、どこか粟立つような思いもある。

100年に一度の好機


 開業2週間前、所用で高岡に帰った。幟やポスター、街中には「北陸新幹線開業」の文字があふれていた。地元メディアも新幹線一色。偶然つけたテレビの画面に、中沖豊・前富山県知事が大写しになった。中沖さんは6期知事を務め、北陸新幹線誘致の先頭にたってきた。その中沖さんが感慨深げに「悲願」と幾度も口にした。そう、この地方にとって長野で止まっていた新幹線を北陸まで延伸することは悲願だったのである。

 私がかつて利用した特急白山は長野新幹線開業とともに廃止されたが、その前に上越新幹線が開業し、長岡で特急「北越」に乗り換えて北陸地域に行くルートができた。さらに上越新幹線で越後湯沢まで行き、そこから第三セクターのほくほく線を経由、JR北陸本線に入る特急「はくたか」が北陸地方の乗客輸送の主役となった。時間にして3時間半程度、故郷を離れてしまった私はそれでも十分ではないかと思ったりもしたものだが、地元にとっては何より東京と乗り換えなしに直結することが大事なのだった。

 東京と直結すれば、首都圏から観光客が大量に流入する。広い土地、豊かな水量、災害の少ない気候風土、住みやすさでは必ず全国上位を占める土地柄、企業や人材の流入が期待できる。そんな期待が新幹線延伸の原動力になった。

 「北陸新幹線はこの地域にとって100年に一度の好機」

 安倍政権が掲げる『地方創生』を錦の御旗とする自治体関係者からはそんな声も聞かれる。北陸新幹線開業を契機に観光客の呼び込みや企業誘致に成功すれば、地域は大きく発展していくとの考えだ。

 実際、報道によると、日本政策投資銀行は北陸新幹線開業経済波及効果を富山県で88億円、石川県では124億円と試算している。だからこそ、両県では官民あげて観光、企業誘致PRに力をいれてきた。

 故郷は遠きにありて…と思う私でも、故郷の見知った観光地や食べ物、名産品などがメディアで取り上げられればうれしい。うれしくなったついでに、人に話し、誇りたくなってしまう。そして気がつけば「行ってみないか」と誘ったりしているのだ。新幹線開業のような画期的な出来事は、人の思いや行動までも変えるのかもしれない。

 企業で言えば、世界的なファスナー製造大手のYKKが意識変革に乗り出した。創業者ゆかりの富山県黒部市に北陸新幹線開業を機に本社機能の一部を移転するという。黒部宇奈月温泉駅が同社のそば、まるで専用駅のような装いになる。具体的には首都圏にすんでいた管理部門などの社員230人が黒部市に移り住むわけだが、日帰り可能な新幹線出現が可能にしたといっていい。

 ほかにも富山や金沢近辺に工場移転を計画中の企業がでてきている。こうした動きが北陸地方に新たな活力を生むことだろう。

 ただ、一方で新幹線効果に疑問をもつ高校時代の友人もいた。曰く、「騒ぎは一過性のものかもしれない」。

金沢のひとり勝ち


 過日、あるテレビ番組に思わずムッとした。新幹線開業・北陸三都物語とテーマアップされていたので、てっきり「富山、石川、福井」を取り上げた番組だろうと思ってチャンネルをひねってみたら、三都とは金沢、能登、加賀温泉だった。これでは「石川三都物語、金沢三都物語ではないか」。

北陸新幹線の開業を祝う市民や鉄道ファンらでごった返すJR金沢駅のコンコース=14日
 その番組は極端な例外だったのかもしれないが、金沢ありきの現実もあることはある。

 兼六園、石川門、ひがし茶屋街、近江町市場、加賀友禅、金箔…ともかく加賀百万石の城下町・金沢は見るもの、聞くもの、愛でるもの、食べるものに事欠かない。子供のころ、大事なものは金沢で買ったことを思い出す。

 「アンノン族であふれた頃以来、いやそれ以上かも知れんね。金沢は人であふれている。観光地が近場にあるし、北陸の経済、文化の中心でもあるから、やっぱり金沢に人が集まってくるよ」

 高校時代の友人で、地方自治を専門にする大学教授はそう話すとともに、こうも続けた。

 「富山県はスルーされるかもしれん」

 富山にも集客の期待できる観光地は少なくない。例えば立山黒部アルペンルートはヨーロッパ的なスケールを誇る山岳リゾートである。山あり温泉あり、ゆっくり楽しむことができる。世界遺産である五箇山の合掌づくりの集落、そして氷見のぶり、滑川のホタルイカなど海の幸にも恵まれた土地だ。だが、それも金沢と比べるとどうだろう。前述の番組ではないが、能登半島や加賀温泉への起点でもある。しかも、現時点での終着駅、旅情をかき立てる。

 「『かがやき』が止まるのは富山だけ。新高岡は1日1本、まして中心街から離れた新駅。ちょっと厳しい」。友人の顔が曇った。「だから真剣に対策を講じていかなければならない」

 こうした思いは、実は長野県や新潟県の市町村でもおなじだろう。終点・金沢のひとり勝ちが決まる前に生き残る手立てを考えなければならない。

 北陸新幹線という線を、いかに地域という面にしていくか。例えば、故郷の例で恐縮だが、高岡は富山と金沢、和倉温泉を結んだトライアングルの中にすっぽり収まる。逆の見方をすればどの場所にも行きやすい。実際、能越自動車道を使えば能登半島の入り口としては金沢よりも好位置にあると言えよう。また、東海北陸自動車道で名古屋と結ばれている。新幹線で伸びてきた線を高速道路によって面で吸収していくことが可能だ。加えて五箇山の南東方向に位置する高山を中核とした飛騨地方とは古くから「ぶり街道」などを通して密接な関係がある。情報を共有し、利用しない手はない。

 「ようは意識改革と早急な政策立案が必要だ」。友人が言った。新幹線開業で目が北陸に向いている今だからこそ、手立てを講じる必要がある。一過性な盛り上がりで終わらせてはこの地域に進歩はない。

ストロー現象は起きるか


 JR金沢駅の周辺ではオフィスビルの建設が相次いでいるという。首都圏からの企業の移転などを意識した建設ラッシュか、すでに目算が付いたビル建設かはわからないが、金沢駅周辺が北陸新幹線開業でクローズアップされていることの証明であろう。

 首都圏と近づいたことで「企業誘致が進む」という声がある反面、日帰り地域に組み込まれたことで「逆に支店や営業所が撤退するのではないか」という意見も出ている。

 長野新幹線ができた後の長野市がそうだったと聞く。首都圏からの所要時間が短縮され、日帰り出張が増えたことによって企業の支店が撤退していった。支店がなくとも、本社から人を派遣すれば、出張費ともかく、支店運営にかかる経費は大幅に縮小できる。だから支店はいらない。ちょうど首都圏がストローで人と金を吸い込む「ストロー現象」が発生した。長野では日帰り出張の増加から経済波及効果も小さかったという。

 もっと言えば、人材の流出も招きかねない。支店や営業所の撤退で現地採用の枠が減り、就職事情が厳しくなりかねない。むしろ職を求めて首都圏への人材流出も懸念されよう。中核都市・金沢はともかく、富山や高岡には気がかりなことだ。コールセンターや流通センターの誘致など、別なかたちで人材の確保を考えていく必要もあろう。

 買い物にしても、高級志向のおりから目は首都圏を向く。日帰りで東京まで買い物という時代がこの地方に訪れるかもしれない。ゴルフにしても県内のゴルフ場よりは日帰りできる首都圏や長野、とりわけ軽井沢あたりのゴルフ場が盛況となるかもしれない。これらもまた、ストロー現象である。

西から東へ、人の動きが変わる


 北陸新幹線の開業で在来線が大きく変わる。高校時代の別の友人が話した。

 「これまで京都や大阪など関西圏に気軽に出かけることが多かった。でも、新幹線開業の替わりに、富山まで来ていた特急サンダーバードが金沢止まりになった。乗り換えが面倒だから行く機会が減るかもしれない」

 すると、もうひとりの友人がこう話した。

 「いや、乗り換えを入れても新幹線を使ったほうが早いよ。特急料金も乗り換えを使えば安いし、乗り換えもわかりやすい」

北陸新幹線が延伸開業し、富山駅を出発する東京行き一番列車「かがやき」=14日午前6時21分(代表撮影)
 きっとそうなのだろう。JR西日本にとって北陸地方は、関西圏の人と物が交流する大事な地域である。それなりの措置は講じているに違いない。

 しかし、人の流れは変わると思う。これまで乗り換えなしで富山から行くことができた関西圏は乗り換えが必要、越後湯沢なり長岡なりで乗り換えなければならなかった首都圏が直接結ばれる。時間も大差ないとなれば、自ずと楽な方に人の流れはできる。

 北陸から関西への流れ、あるいは関西圏から北陸への流れは減ると同時に、首都圏から北陸への双方向の流れができるように思う。

 激変するとは思われないが、大学受験生の志望校に影響がでるように思う。私の母校では、東京の大学を指向するものも少なくなかったが、我が同級生たちは結構、関西方面の大学に進んだ。件の大学教授も京都の大学に学び、大阪の大学院で学位をうけた。関西地区の大学もまた、後背地としての北陸を意識し、金沢に受験会場を設けて便宜を図ったりもしていた。

 しかし、金沢-東京間、最短2時間28分となれば、意識も異なってくるに違いない。長野や首都圏、とりわけ東京の大学を指向する者が増えていくような気がする。機を見るに敏な大学では早くも北陸地区で説明会を開き、地方入試を実践するところもあった。

 一方で国立大学法人の金沢大学や富山大学が長野や新潟、さらには首都圏で説明会を実施している。北陸に人材を集めるための攻撃的な活動は、やはり北陸新幹線延伸の好影響だとみていいだろう。生き残りをかける地方大学が独自の魅力をアピール、受験生を増やすことは将来の人材確保にもつながり、若い人材の流入は地域活性化の最大の要因である。こうした大学の挑戦、戦略に自治体も支援を惜しまないでもらいたい。

持続的な成長につなげたい


 少子化と共に地方の衰退が語られて久しい。一方では東京への一極集中が危惧されている。整備新幹線は一極集中を加速させるのではないのか、そんな疑問もないわけでない。いや、むしろ大いに心配している。

 開業した北陸新幹線は、首都圏と北陸を近づけ、北陸の潜在的な魅力の売り出しに大きく貢献した。これによって、観光面にしろ、経済面にしろ、北陸への波及効果と人の流入が期待されている。

 だからこそ、現在のブームを一過性で終わらせてはいけない。いかに、北陸地方をあげて対策を講じていくか、ここ数年の取り組みが将来を左右すると考える。自治体相互の競争とともにある協調、共同歩調が必要だ。官と民、双方の協力もまた重要な要素である。情報の共有、人材の共有、意識の共有…道州制を前倒ししたような「北陸道」としての対処、対応が求められる。それが実現できて始めて、持続的な成長が可能になるだろう。