「頑張れば報われる」

 日本では、その言葉が大嘘になってから20年以上が経つ。

 今の日本は、「どんなに頑張っても一定数の人は絶対に報われない社会」だ。

 当然、報われない人はモヤモヤする。それなりに報われている人だってモヤモヤする。そんなモヤモヤに、鮮やかな「回答」を与えてくれる人が現れた。

 一言で言うと、ピケティブームってそんな感じじゃないだろうか。

 最初から明かしておくが、私は『21世紀の資本』をまだ読んでいない。

 が、昨年から、そして1月はもう連日のように新聞・雑誌・テレビで特集が組まれていたので、読んだような気になっているという、日本に数十万人はいそうな人間の一人である。そして、格差に警鐘を鳴らし、富裕層への課税を訴える彼をざっくり支持しているという、これまた日本に数十万人はいそうな人間の一人である。しかし、メディアから街の居酒屋まで熱くピケティを論じる人のうち、本当に読み切った人の割合なんて1割以下だと思うので、まぁ気にせずに読み進めてほしい。

 さて、冒頭に書いたモヤモヤにはいろいろあるけれど、今年のはじめにも「デカい一発」が来た。

 2015年1月19日、貧困撲滅を目指すNGOオックスファムが発表したレポートだ。そこには、富裕層上位1%が所有する世界の富の割合は2014年に48%に達し、2016年までに50%を超えると指摘されていた。また、最富裕層のうち、上位80人の大富豪が所有する富の合計は約223兆円で、世界人口の下位50%=35億人の所有する財産に匹敵することも発表された。

 「なんか、あまりにもスケールが大きくて現実感がない…。それに日本ってそれほど格差ないでしょ?」と思う人もいるかもしれない。

 しかし、2010年の時点で、資産1億円以上を持つ1・8%の富裕層が、日本全体の2割を超える資産を所有していることがわかっている。現在は上位の独占がより露骨になっているはずだが、そんなことを示す数字がある。

 例えば、安倍政権になってから5億円以上の純金融資産を持つ「超富裕層」の資産は、29兆円も増えているのだ(野村総研調査より)。また、2013年の時点で、日本で100万ドル(現時点では1億1800万円)以上の資産を持つ富裕層は前年から42万人増え、その資産総額は127兆円も増えて総額652兆円に膨張しているという(東京新聞2014年11月23日)。

 翻って、格差の「下」の方はどうか。2012年の時点で貧困率は16・1%。働いているのに年収200万円以下のワーキングプアは8年連続で1000万人を超え、2013年にはとうとう1100万人に達した。そのうち、年収100万円以下は400万人以上。また、非正規雇用率も上がり続け、平均年収が168万円(国税庁)の非正規雇用者は2000万人を突破している。

 ちなみに現在の最低賃金は全国平均で780円。一番低い地域は沖縄などで677円。この額で1日8時間、月に22日働いても、月収は11万9152円。

 ここで見えてくるのは、富裕層はますます富み、低所得者は拡大の一途を辿っているという現実だ。

 しかし、この国で「格差」を問題にすると、必ずと言っていいほど「努力が足りないのだ」「成功した金持ちを妬むな」「貧乏人の感情論」などという批判に晒される。
トマ・ピケティ著「21世紀の資本」。重さは889グラムもある

 そんな現実に対して、ピケティは膨大なデータでもって、長期的に見ると、資本主義下において資本を持つ富裕層と持たざる者の格差は広がるばかりだと示したのだ。個人の努力とかスキルとかそんなものとは関係なく、金持ちの家に生まれた者はより金持ちになるという世襲資本主義。それに警鐘を鳴らしているのである。ある意味、『21世紀の資本』は貧困層や低所得者層を「自己責任論」から解放する書と言えるかもしれない(って、まだ読んでないんだけど)。

 思えば、私たちは随分長いことモヤモヤの中にいた。

 08年夏に起きたリーマンショックから吹き荒れた派遣切りの嵐。その年の年末には日比谷公園に「年越し派遣村」が出現し、住む場所も所持金も職も失った500人が極寒のテントで命を繋いだ。年末年始、トップニュースで報じられたあの光景はこの国の人々に「なんか、日本って相当ヤバいとこまできてるんじゃないの?」という危機感を植え付けた。

 東日本大震災に見舞われた2011年の秋には、ニューヨークで反格差を訴える運動が始まった。多くの人がウォール街の公園を占拠し、「我々は99%だ」「強欲資本主義を終わらせろ」と世界に向けてアピールした。運動は一気に全米に広がり、また、それを見た世界中の「格差にモヤモヤしていた人々」にも拡大。公園占拠翌月の10月に「OCCUPY WALL STREET」メンバーが全世界に「国際連帯アクション」を呼びかけると、世界1500都市で連帯行動が開催された。日本でも、六本木の公園が「占拠」されている。

 ウォール街占拠が始まる1月前には、「富裕層に増税を」という呼びかけが富裕層から発される、という事態も起きていた。11年8月、アメリカの著名な投資家ウォーレン・バフェットが「私や私の友人たちは、億万長者を優遇する議会に甘やかされてきた」として、富裕層への増税を主張する記事をニューヨーク・タイムズに寄稿したのだ。

 「貧困層や中間層がアフガニスタンで戦い、多くのアメリカ人が家計の帳尻合わせに四苦八苦している一方で、私たち億万長者が異常な減税を受け続けている」

 この記事は多くの反響を呼び、ヨーロッパの富裕層も賛同。ドイツでは資産家50人がメルケル首相に対して「富裕層への増税」を主張し、また、イタリアではフェラーリの社長も賛同の意思を表明した。

 何かが、変わる予感がしていた。「ヨーロッパの富豪も富裕層増税に賛成」なんて聞くと、日本の富裕層の意識も変わるのではないかと思っていた。

 だけど、あれから4年、結局は何も変わらなかった。どんなに不安定雇用の問題が指摘されようとも労働者保護の方向での法改正はなされず、セーフティネットはいまだ十分に機能しているとは言い難く、そんな中で法人税は減税され、生活保護費は引き下げられる。格差論や非正規雇用の深刻な実態はもはや語られ尽くした感があり、誰も有効な処方箋を示せない閉塞の中、登場したのがピケティだ。

 「資本に対する累進課税」を世界的に課すべき、というピケティの主張に私は賛同する。一方で、彼の発言の中でもっとも支持している部分は、行き過ぎた格差を放置すると民主主義や社会正義の価値観にとって脅威となる、という点だ。

 先に最低賃金で働いた場合の月収を書いた。12万円にも届かない。フルで働いても食べていけない最低賃金の設定は、政治による裏切りであり、政治の無策以外の何者でもない。行き過ぎた格差は、社会に対する最低限の信頼をも奪っていく。「頑張っても一定数が決して報われない社会」は、人の心を歪ませてもいく。

 もうひとつ、ピケティの発言で触れておきたいのは、「お金はもう十分持っています。政府はもっと私から税金を取るべきです」というものだ。これを言える日本の富裕層はいるだろうか。もし出てきたら、私は全面的に支持したい。

 ピケティの『21世紀の資本』を機に、この国で本気で「格差」に対する政治の取り組みが始まることを心から期待している。

 以上、私の「読んでないけどピケティ論」である。

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