田村秀男(産経新聞編集委員)


 世の中で起きる数え切れない経済事象を一つのアングルで鋭く切る。「21世紀の資本」の著者、仏経済学者のトマ・ピケティ氏は「資本収益率が産出と所得の成長率を上回るとき、資本主義は自動的に、恣意(しい)的で持続不可能な格差を生み出す」と断じている。古代から現代、さらに21世紀全般にわたって、気の遠くなるようなデータをかき集め、かつ推計してみせた。

 じゃあ、今の日本はどうなのか、ピケティさんに任せっきりにせず、自分の手でデータを調べてみた。法人企業統計(財務省)をもとに総資本利益率を税引き前および税引き後の純利益にわけて「資本収益率」を算出。国内総生産(GDP)の実質成長率を「産出と所得の成長率」に置き直し、さらに実質賃金の伸び率を加えたのが、本グラフである。これらのデータは5年間の移動平均値にならしている。一時的なブレに幻惑されないためである。

 資本収益率が実質成長率を上回るようになったのは税引き前で1990年代前半、税引き後は90年代後半だ。それまでは成長率のほうが収益率をほぼ一貫して上回ってきた。日本経済は遅く見ても90年代後半以降、「格差」の時代に突入したことになる。

 90年代前半にはバブル崩壊、さらに97年度には橋本龍太郎政権が消費税増税など緊縮財政路線に踏み切り、日本経済は一挙に慢性デフレ局面にはまりこみ、なお抜け出られないでいる。

 デフレは格差拡大の元凶である。「デフレは企業者の生産制限を導き、労働と企業にとって貧困化を意味する。したがって、雇用にとっては災厄になる」と、かのケインズは喝破した。

 デフレ下では現役世代の賃金水準が下がるのに比べ、金融資産を持っている層はカネの価値が上がるのでますます豊かになる。デフレで売上額が下がる中小企業の従業員は賃下げの憂き目にあいやすい。デフレは円高を呼び込むので、生産の空洞化が進み、地方経済は疲弊する。若者の雇用の機会は失われる。

 慢性デフレの局面でとられたのが「構造改革」路線である。モデルは米英型「新自由主義」だ。97年の金融自由化「ビッグバン」で持ち株会社を解禁した。2001年に発足した小泉純一郎政権は、「郵政民営化」で獲得した政治的な求心力をテコに米国からの各種改革要求に応じた。製造業の派遣労働解禁(04年)など非正規雇用の拡大、会社法(06年)制定など株主中心主義への転換などが代表例だ。法人税制は98年度以降、02年度までに段階的に改正され、持ち株会社やグローバル企業を優遇している。

 全企業が従業員給与100に対してどれだけ配当に回しているかを年度ごとにみると、70年代後半から90年代末までは3前後(資本金10億円以上の大企業は7台)だった。この比率は、02年度からは徐々に上昇し、13年度は11・5(同32)と飛躍的に高まった。小泉改革路線は伝統的な従業員中心の日本型資本主義を株主資本主義に転換させた。この構図は、従業員給与を可能な限り抑制して利益を捻出し、株主配当に回す、グローバル標準の経営そのものである。

 もちろん、悪意なぞあるはずはなく、日本経済をグローバル標準に合わせて大企業や金融主導で日本経済の再生をもくろんだ。

 資本収益率(税引き前)に話をもどすと、米政府のデータに基づく筆者試算だと、米国の場合は90年代後半以降6%前後で推移している。また、「21世紀の資本」によれば、世界的には5%強である。それに比べると日本のそれは過去10年間3~4%の水準にある。米国を中心とするグローバル標準まで資本収益率を引き上げないと、外国からの対日投資が増えない、日本の企業や投資家は対外投資に走るとの懸念があるせいか、国内では法人税率の実効税率引き下げ、さらに雇用、投資面などでの規制緩和を求める声が強い。

 しかし、株主資本主義では経済成長率を押し上げる力が弱いように思える。GDPの6割を占める家計の大多数の収入が抑えられるからだ。名目賃金上昇率から物価上昇率を差し引いた実質賃金上昇率は97年以降、ほぼ一貫してマイナスである。賃金を減らし、配当を増やすという、株主資本主義は投資ファンドを引きつけても、実体経済の回復につながりそうにない。

 安倍首相が本格的に取り組むべきは、格差社会の勝者を太らせる政策を廃棄し、旧世代や新世代を支え、養う現役世代を勝者にさせる政策への転換ではないか。

関連記事
■ 「21世紀の資本」の欺瞞と拡散する誤読
■ 格差は悪か ピケティは正しいか
■ 左翼たちの異様な喜びはキモくないか