世間が持ち続けている大きな誤解


 1995年3月20日に都心で起きた地下鉄サリン事件は死者13人、被害者6000人を超える被害を出した。あれから20年がすぎた。いまでも当日の朝から夜までの記憶は鮮明だ。遅くに池袋のバーに行った。カウンターにいた知人たちの話題も地下鉄で起きた事件のことばかりだった。わたしが「あれはオウム真理教による犯行ですよ」と言ったが、誰も信用しなかった。問題ある宗教団体として知られていても、まさか地下鉄で事件を起こすとまでは思われていなかったのだ。

麻原被告の初公判を終えて地裁を出
る有田芳生氏=1996年4月24日
 いま最後の逃走犯・高橋克也被告の裁判員裁判が続いている。この裁判が終われば、1995年秋からはじまったオウム裁判はすべて終了となる。法務当局には麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚に対する刑執行の強い意思がある。そのときオウム報道は最後の盛り上がりを見せるだろう。しかしそれでオウム問題は終わるのか。決してそうではない。

 世間には事件発生からいまにいたるまで大きな誤解がある。それは地下鉄サリン事件、松本サリン事件、坂本弁護士一家殺人事件などなど、一連の非道は、特殊な集団に、特殊な人物たちが入り、起こしたものだという理解である。もしそうならば、事件を起こした教祖をはじめ実行犯が逮捕、起訴され、判決を受け、さらに教団が消滅すれば、すべて解決ということになる。そうではないのだ。たとえばオウム残党で麻原彰晃を絶対化するアレフなどの組織に入る者は、いまでも北海道、近畿を中心に年間で約150人もいる。いちばん多いのは35歳以下の世代だ。このこと一つをみてもオウム問題はいまだ続いている。

 何が問題なのだろうか。それは日本社会がオウム問題を事件のレベルでのみ捉えてきたことである。どこにでもいる若者たちが人生のふとした狭間でオウム真理教に入信し、教祖によるマインドコントロール(社会心理学の適用によって精神を支配すること)によって凶悪事件に関わってしまったのだ。ちなみにマインドコントロールは物理的に精神を変容させる洗脳とは異なる。マインドコントロールには定まった概念がないといまでも言われているが、一般的了解というものはある。親切にされたらそれに応えるといった「返報性の原理」など、人間心理を利用して行動をコントロールしていく手法である。カルト(熱狂集団)は、他者を巻き込むために、人間心理を効果的かつ巧妙に利用している。オウム真理教もまたそうした組織のひとつだった。


 山梨県の旧上九一色村で「サティアン」と呼ばれる
宗教施設を建設する際に集められたとみられる信者
たち。コンテナのような狭い空間で窮屈そうに寝入っ
ている。1990年前後の撮影とみられる
(顔をモザイク加工しています)
 そのオウム真理教とて、最初はヨーガのサークルだった。地下鉄サリン事件当時、オウム真理教の信者は、出家、在家の総計で1万人を超えている。入信の動機はさまざまだ。1984年に麻原彰晃が東京・世田谷で立ち上げたのは、オウムの会というヨーガのサークルだった。そこに集った者は、多くがヨーガの修行を通じて健康を維持したい、あるいは回復したいというものだった。やがて麻原彰晃の「空中浮遊」が雑誌で紹介されると、超能力を身につけたいという動機を持った会員が増えていく。のちに滝本太郎弁護士が試み、麻原彰晃よりも高く「浮かんだ」ように、「空中浮遊」とは、いわば胡座をかいてのジャンプだった。若者たちはそれに魅かれてしまった。たとえば坂本弁護士事件やサリン事件にかかわった中川智正死刑囚(京都府立医大時代に入信)も、関心を持ったきっかけは「空中浮遊」だった。

 オウムの会から名称を変更したオウム神仙の会は、1989年に東京都の認証を受けてオウム真理教という宗教法人に発展する。教祖となった麻原彰晃は、仏教、密教、さらにはキリスト教など、さまざまな宗教を混合していく。それにともない入信の動機も広がっていった。たとえば地下鉄サリン事件で死刑判決を受けた井上嘉浩の場合は、高校生のときにオウムに関わる。動機は社会変革である。歌手の尾崎豊に惹かれた井上は、レールに乗ったような人生に疑問を覚える。進学し、社会に出て、サラリーマンとなり、満員電車に揺られて暮らすことに疑問を抱いたのだ。そうではなく修行をすることで悟りを開く。そして他人を勧誘し、その相手が悟りを開く。こうして悟った人間が増えていけば、この濁った社会は徐々に、あるいは急激に変えることができる。そう思ったのだ。

 しかしこのようにさまざまな動機で麻原彰晃に接近していった者も、教団の変質に巻き込まれていくことになる。そのきっかけが教団施設における信者の死亡である。脱会を試みた信者の殺人事件も起きる。1989年8月に宗教法人となったオウム真理教だが、強引な勧誘が問題となり、坂本堤弁護士たちが、教団の問題点を指摘するようになる。信者の死亡事故や事件を隠していたことがわかれば、宗教法人の認証が取り消される恐れがある。麻原彰晃はそれを避けなければならないと判断した。そして1989年11月3日未明に坂本弁護士一家殺害事件が6人の信者によって実行された。

 こうして秘密の共有という一部信者の秘密結社化とともに、麻原彰晃の攻撃性は強まっていく。松本サリン事件まであと5年である。ここまでくれば、事件に関与した信者はもはや「どこにでもいる」人間とはいえない。しかし信者が殺人を犯すことを目的としてオウムの会やオウム真理教に入ったのではないことを再度強調しておくのは、オウム問題は過去の問題ではないからである。何が日本社会の課題なのか。それはカルトに入る者には、一般的な傾向があることを知り、対策を取る必要があることだ。

 まず家族問題だ。多くの信者は入信の背景として父親あるいは母親との軋轢を抱えている。かつて上祐史浩に、麻原彰晃とはどういう存在かと問うたことがある。いつもは冗舌で「あー言えばジョーユー」と揶揄されるほどだった彼が、しばし黙り込んだことをいまでも覚えている。口を開いて出てきた言葉はこういうものだった。「尊師は目標であり、父のような存在です」。坂本弁護士事件の実行犯のひとり、岡崎一明死刑囚は、麻原彰晃について「父や母のような存在でした」と裁判で語っていた。「両親の代わりとしての教祖」である。上祐は、父のような教祖は「わたしが何をしなければならないのかをテキパキと指示してくれる」と語った。社会的価値観を教えてくれる存在としての父性の欠如だ。

 家族問題だけではない。結論だけをいえば、反抗期の欠如、社会性の欠如などが背景に存在していた。井上死刑囚の父にこう聞いたことがある。「息子さんに反抗期はありましたか」。即座に戻ってきた言葉は「ありませんでした」だった。一般的に人間は成長の過程で反抗期を通っていく。霊感商法や合同結婚式で知られる統一教会の元信者たちにも、反抗期を経験しなかった者が多いように思える。オウムにしても統一教会にしても、わたしが知るかぎり、親や兄弟姉妹に優しい人物が多い。反抗期がないことは、対人関係において抵抗感がないことなのかも知れない。この問題もオウム=カルト問題を解く課題のひとつなのだ。