老朽原発の廃炉が進んでいる。3月20日、九州電力、関西電力、中国電力、日本原子力発電が運営する合計5基の原発の廃炉が発表された。東日本大震災後、政府が原発の運転期間を原則40年と定めたことに従った結果だ。

 筆者は原発の専門家ではなく、この判断の妥当性はわからない。ここでは、その議論はしない。

 筆者は医師だ。ご縁があり、東日本大震災以降、福島県浜通りの医療支援を続けている。筆者の関心は原発事故が周囲に与える影響と、事故対策である。

 原発の安全性を向上させるための議論は重要だ。廃炉の議論は大いにすべきである。ただ、これだけで議論を終わらせてはならない。福島第一原発事故を経験し、我々は「どんな原発でも事故を起こす可能性がある」ことを学んだ。福島第一原発のような自然災害であれ、チェルノブイリやスリーマイル島原発のような人為的ミスであれ、原発事故は起こりうる。原発の安全性を考えるにあたり、事故対策の議論は避けて通れない。

 ところが、これが難しい。それは、「安全神話」に代表されるプロパガンダの問題だけではない。私は、原発事故は、事故発生当初は被害の規模が分からないことの方が影響していると思う。

 例えば、福島では、事故発生後、相当時間が経つまで、誰も正確な状況を掴めなかった。政府は、とりあえず、原発から20キロ圏内に避難指示、30キロ圏内に屋内退避指示を出したが、この判断は不適切だった。

 もっとも汚染された地区の一つに、原発30キロ圏外の飯舘村が含まれる。汚染は原発からの距離より、事故当時の風向きや天候が影響するからだ。結果論だが、政府の指示に従わず、独自の判断で避難した人が被曝を避けたことになる。結局、誰も被害を予想できなかった。

 今後、原発事故が起これば、多くの住民が、政府の避難指示を無視し、自分の意思で避難するだろう。彼らにとって、一時的に避難することは何のデメリットもないからだ。この結果、周辺の道路は渋滞し、地域は混乱する。

 我々が対策を考えねばならないのは、このような健常人ではなく、重症患者や寝たきり老人だ。彼らの避難にはリスクを伴う。

 例えば、双葉病院(大熊町)のケースだ。震災発生時、340人の患者、および系列の介護老人保健施設には98人の高齢者が入所していた。搬送途上で10人、最終的に84人が亡くなった。被曝のリスクを考慮すれば、早急な避難が合理的だったとは言いがたい。

双葉病院の敷地内に運び出されたベッド。東京電力福島第1原発事故からの避難中に多くの患者が犠牲になった=平成23年11月、福島県大熊町
 原発事故が発生した場合、医療関係者は十分な情報を集め、自分の頭で対応策を考えなければならない。取るものも取りあえず、患者を避難させてはならない。まずは籠城すべきと言っていいかもしれない。

 ただ、そのためには、原発事故が発生しても、一定期間、病院機能を維持しなければならない。ところが、これが難しい。物流が遮断されるからだ。

 南相馬市立総合病院には3月16日に自衛隊が物資を搬入するまで、医薬品や食料は入ってこなかった。物流を担う民間企業が被曝を恐れ、従業員に、この地域での活動を禁じたからだ。

 この結果、病院は孤立し、診療は継続できず、避難を余儀なくされた。3月18日には、自衛隊のサポートの元、入院患者の搬送を開始した。ただ、この7日間が、患者の命を救った。十分な準備が出来たからだ。避難中に死亡した患者はいない。

 病院が直面する問題は物資不足だけではない。病院スタッフも不足する。特記すべきは、病院には看護師をはじめ、若い女性職員が多いことだ。多くは子どもを抱えている。原発事故が起これば、子どもの被曝を考えなければならなくなる。この結果、多くの女性スタッフは職場を離れざるを得なくなる。南相馬市内の多くの病院では職員数は3分の1程度まで減った。同様のことがスリーマイル島の原発事故でも報告されている。

 対照的なのが消防署だ。南相馬市の救急隊員は全員が男性で、原発事故後も誰も避難しなかった。救急搬送は平常通り行われた。

 病院は災害時の基本インフラだ。ところが、病院には女性が多いということが、災害時の隠れた弱点となる。これまで、このことが議論されたことはない。

 一旦、原発事故が起これば、住民の命を守るためには、政府と地元の連携が欠かせない。その際、地元の人材の層の厚さがものを言う。

 福島第一原発事故が起こった浜通り地区は、震災前から医師・看護師が大幅に不足していた。一部の医師や看護師が避難したため、病院機能を維持できなくなるところがあったのは、このためだ。

 我が国で医師・看護師は遍在している。基本的に西日本に多く、関東・甲信越・東北地方など東日本に少ない。果たして、このようなことが原発の安全性の議論に、どれだけ考慮されたのだろうか。稼働してから40年未満の原発でも、周辺状況を考慮して、廃炉を検討すべきところがあるかもしれない。逆もまたしかりだ。

 廃炉を議論する際、たとえ将来的に脱原発を目指すとしても、現段階では、原発事故の発生確率を考慮し、廃炉のリスクとベネフィットを冷静に議論しなければならない。そして、一旦事故が起こった場合のフェイルセーフの観点からの議論も必要だ。これは医師・看護師の数の問題だけではない。福島第一原発事故では、優れた市役所職員・教師・介護士などが大活躍した。このような専門人材の層の厚さこそ、地域力だ。残念ながら、このような人材の層の厚さには、厳然とした地域間格差が存在する。原発廃炉を議論する際、このような事実を冷静に見つめる必要がある。