福田充(日本大学大学院新聞学研究科教授)


報道をテロに利用


 

 今年1月に発生したイスラム国邦人人質事件は、テロリズム研究の観点からいえば人質テロであり、要求型テロリズムに分類される。

  テロリズムは、政治的目的のために爆弾や人質を利用して暴力的事件を起こし、社会や世間の注目を集め、メディアによって報道されることにより、自分たちのメッセージを世界にアピール、宣伝し、相手の政策を変更させたり、社会不安を拡大させて世論を混乱させたりすることを目的とした政治的コミュニケーションである。

 今回のイスラム国邦人人質事件は、日本人の湯川遥菜氏と後藤健二氏が人質に取られ、日本政府による中東への2億ドルの人道支援が批判され、彼らの命と引き替えに2億ドルが要求されるという紛れもないテロリズムであり、これを実行した犯行グループをテロリストと呼ぶことは妥当である。

  テロリズムはメディアによって報道されることが最初から計画の一部として組み込まれており、メディアが報道すればするほど、テロリストの目的は達成されることになる。

  現代のテロリズムの特徴が無差別テロであるように、今回のイスラム国邦人人質事件でも、人質に取られたのはシリアに入国した民間軍事会社CEOの湯川遥菜氏とフリージャーナリストの後藤健二氏という一般人であった。

  一般人が人質にされるテロリズムでは、一般人が標的となりうる現代社会というテロリズムの劇場が設定され、メディア報道を通じて、一般人がオーディエンスとしてそれを受容するという劇場型犯罪の構造をとる。「テロリズムは劇場である」といったのはブライアン・ジェンキンスであったが、彼が指摘した1974年の時代からその状況は変わっていない。

  このテロリズムという劇場のなかで、イスラム国の標的となった日本人の一人である自分自身を人質と同一視することで「ストックホルム症候群」に陥り、イスラム国を非難するのではなく、それに敵対する日本政府を非難するメディア報道やオーディエンスの国民が発生したり、このテロリズムという劇場自体をドラマや映画などのスペクタクルのようにメディア報道し、それをオーディエンスとしてコンテンツ消費したりする国民が発生する。

チュニスで博物館襲撃テロに巻き込まれ、決死の思いで脱出を図った観光客ら(ゲッティ=共同)
  テロリズムは、それ自体が人々を魅了して目を奪われるキラーコンテンツである。メディアはテロリズムを報道すれば販売部数が上がり、視聴率がとれる。このように、歴史的にテロリストは自分たちのメッセージを世界に宣伝、アピールするためにメディアを利用しようとしてきた。

 それに対し、メディアはジャーナリズムの社会的使命として、テロリズムを報道してきた。メディアの側がそのテロリズム報道で販売部数や視聴率を上げようとしなくても、ジャーナリズムの社会的使命を実践しようとするだけでテロリストの思惑に嵌り、その宣伝活動に荷担することになる。

  このようなメディアとテロリズムの関係を、J・ボウヤー・ベルはメディアとテロリズムの「共生関係」と呼んだ。

  イギリスのマーガレット・サッチャー元首相はIRA(アイルランド共和国軍)との闘争のなかで、「メディアはテロリストやハイジャッカーにパブリシティの酸素を供給するもの」としてメディア報道批判を展開したが、テロリズムに関する報道をコントロールすべきだという議論は、メディア報道管制論として欧米において古くから議論されてきた。


マスメディアの報道責任


 
 はたして今回のイスラム国邦人人質事件において、メディアはイスラム国のテロリストをどのように報道しただろうか。

  イスラム国を名乗る動画がインターネット上に掲載されて、そのメッセージの内容を詳細に報道することから今回の事件は始まった。テレビも新聞も雑誌もネットニュースも、イスラム国のメッセージを詳細に分析し、報道した。この時点で、すでにメディア報道はイスラム国のアピールに協力する宣伝機関の役割を果たしてしまった。

  アメリカで1978年から16件の爆弾テロ事件を起こしたユナボマー(本名、セオドア・カジンスキー)が95年に新たな爆弾テロを計画し、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストに対して自分の論文『産業社会とその未来』を掲載するよう要求した際、両紙は社内の議論の末、その論文を掲載した。

  また、84年のグリコ・森永事件では「かい人21面相」を名乗る犯行グループが、グリコと森永の商品に毒を入れたという脅迫状のメッセージを両社とメディア各社に送りつけたが、この時、日本のメディアは各社議論の結果、社会に報道する責任を優先して脅迫状の内容を報道した。

  当時の新聞やテレビ、雑誌といったマスメディアが中心であった時代には、テロリストが送りつけるメッセージは手紙やファックスなどのアナログメディアが中心であり、送りつけられる対象は、標的となっている組織やマスメディアに限られていた。そのため、マスメディアがそれを報道するかどうかという判断は極めて重要であり、報道すればテロリストの要求に屈したことになり、反対に報道しなければ一般市民はその事件の存在を全く知らないことになるという、現代とは異なる時代状況があった。

  だからこそ、当時のマスメディアにはテロリズムを報道する際の慎重な姿勢が求められ、メディアとテロリストの間には緊張関係が存在したといえる。当時のテロリストはマスメディアを利用することに注力し、反対に自らの宣伝やアピールをメディア報道に依存せざるを得ない環境があった。

  本来、メディアとテロリストの間には対立する緊張関係があったという前提と、テロリズムを報道すべきかどうかという社会的責任がマスメディアには存在していたということを忘れてはならない。