田村秀男(産経新聞特別記者)

 創業者会長と実娘の社長が対立している大塚家具について、日本経済新聞は「泥沼化するお家騒動」という見出しで、「親子の意地の張り合いで企業価値を毀損(きそん)するのは賢明ではない。被害を受けるのは株主と従業員だ」(2月25日付電子版)。週刊誌顔負けの下世話な見出しで、一見もっともらしいお説教をたれるが、偽善である。

大塚家具の株主総会が行われる建物に入る人たち=3月27日午前、東京・有明
 大塚家具の場合、企業価値は「経営トップ同士の路線対立」が公然と行われることで、むしろ守られる可能性が高いからである。上場企業が内部対立に蓋をして、限られた身内、仲間だけで、事業の根幹を決める「隠蔽の共同体」であれば、毀損されるリスクが大きくなる。

 考えてもみよ。サラリーマンあがりが圧倒的に多い上場企業の経営陣内部では多くの場合、「路線対立」がまず起きない。あっても、日のもとにさらされることがない。内々に収拾されるからだ。現社長は自身を後継者に選んでくれた前任者(多くは会長)の路線を否定せず、継承する。

 内心は変えたい、と思っていても、ぐずぐずしてしまい大失敗してしまう。かつての山一証券経営破綻、最近ではオリンパスのような巨額の飛ばし事件はその典型だ。内々で激しく議論しても、らちが明かないなら、当事者同士、思い切って公然と論争すればよい。そのくらい、真剣に経営論争を闘わせるのが、不特定多数の株主が所有するという意味での公企業の対株主責任であり、ひいては従業員の利益にもつながる。

 大塚家具の場合、父親の大塚勝久氏は創業者というわけで、道徳観念では絶対的存在だ。それに対して大塚久美子社長は世俗的には娘という血縁関係からくる独特の情緒を消し去って、凛(りん)として創業者のビジネスモデルが時代にそぐわないことや、自身の考えるモデルが収益を生むかについて、粛々と一般に説明した。

 父親は娘を社長に選んだのが「間違いだった」と吐露したが、それこそ間違いだ。今後、私情を排し、自身の考えるモデルがいかに娘のそれよりも優れているかを、クールに論じていけば、さすが「経営のプロ」と評価もされるだろうに。

 もちろん、とりわけ「和をもって貴し」の日本。大塚家具のようなケースはできればないほうがよい。一時的には社員のみなさんも、気が気ではないだろうし、株主だって委任状争奪戦の思惑だけで株価が上がるなら、あとはどうなるか、不安だろう。

 どうすればよいか。実はその回答になるのが、本来の意味でのコーポレート・ガバナンスである。端的に言えば、経営路線を決めるのが最高経営責任者(CEO)であり、経営の最終決断はCEOに委ねられる。つまり、ガバナンスとは、CEOをどう選ぶかにかかっている。その選定の役割を担うのが、社外取締役である。個性が激しくぶつかり合う文化の米国で、新CEOが巨大企業の経営路線を大きなトラブルなしに大転換できる決め手がそれだ。