荒井太郎(相撲ジャーナリスト)

 白鵬はいったい何に怒っていたのか。先の春場所では報道陣に背を向け続け、取組後の囲み取材では15日間、一言も口を開くことはなかった。その理由について一夜明け会見で「思いはたくさんありますけど、それが伝わらなかった。相撲だけに集中したかった」などと語った。

大相撲初場所 一夜明け会見をする横綱白鵬 =2015年1月26日、東京・墨田区(撮影・今井正人)
 そもそもの発端は、史上単独1位となる33回目の優勝を果たした初場所直後の一夜明け会見で、審判部を痛烈に批判したことだった。「疑惑の相撲があった。子供が見ても分かるような相撲。なぜ、取り直しにしたのか」と13日目の稀勢の里戦を取り直しにさせられた不満を一気にぶちまけた。結局は取り直しの一番でも勝利を収めるのだが3日も経って、しかも全勝優勝という有終の美を飾ったにもかかわらず、言わずにはいられなかった。さらにこうもまくし立てた。

「肌の色は関係ない。この土俵に上がってマゲを結っていれば日本の魂。みんな同じ人間です」。

 取り直しにされたのは背後に“人種差別”があるからだと言わんばかりの口ぶりだ。そして、怒りの矛先は審判部に向けられた。

「ビデオ判定(係の審判員)は何をしていたのか。もう少し緊張感をもってやってもらいたい」と大先輩の親方衆に対し、まるで上司が部下を叱責するかのような“上から目線”の言いようだ。面目を潰された審判部は真っ向から反論。稀勢の里が俵を割るより前に白鵬の右足甲が裏返って先に土俵についていたことが、のちに決定的写真の存在もあって明らかになる。白鵬が「子供が見ても(自分が勝ちだと)分かる」とした相撲は、実は自分が負けにされていてもおかしくはなかったのだった。

 やや唐突とも思える「肌の色」発言だが、そこに白鵬のいらだちがうかがえる。現役トップとしてこれまで角界をけん引してきたにもかかわらず、稀勢の里戦や遠藤戦では相手の大コールが沸き起こる“完全アウエー”の中で戦わなくてはならないことに虚しさを感じていても不思議ではない。ただ、こうした現象は多分に日本人特有の“判官贔屓”という気質が含まれており、王者の宿命であることはおそらく白鵬自身も理解していることだろう。

 “ヒール役”になるのは何も外国出身力士だけではない。憎らしいほど強かった北の湖が全盛を誇っていた時代はこんなものではなかった。“肌の色発言”の真意はもっと深いところにありそうだ。

 白鵬は引退後、親方となって弟子を育てたいという希望を持っている。すでに自らスカウトした幕内経験者で現在は三段目の山口や新十両の石浦を「内弟子」と公言し、マスコミでもしばしばこの2人は「白鵬の内弟子」として取り上げられている。しかし、日本相撲協会寄附行為施行細則第55条2の「年寄名跡の襲名は、日本国籍を有する者に限ることとする」という条件を白鵬は現時点で満たしていないため、「内弟子」という表現はルールに従えば正しくない。

 こうした事実から、白鵬は大きな実績を盾に引退後は外国籍のまま、特例で協会に残ろうと画策しているようにもうかがえる。北の湖理事長は日本国籍を取得していない白鵬には、顕著な功績を残したケースに限り力士名のまま親方になれる「一代年寄」の資格を授与しないとする以前からの見解を変えるつもりがないことを昨年九州場所中、改めて表明した。

 初場所後の一夜明け会見での白鵬の“暴発”は、前人未到の大記録を達成したことで緊張感が緩み、抑えていた感情が一気に噴出してしまったのかもしれない。本当の不満の矛先は審判部ではないとも考えられる。ここ最近の白鵬の土俵態度の悪化ぶりは特例が叶わず、万策が尽きたがための絶望感が根底にあるのではないだろうか。

 一連の騒動後から一気に噴出した“白鵬バッシング”とも言える報道に、本人も相当戸惑ったに違いない。一言、謝罪なり弁明をしていたら、ここまで尾を引くことはなかっただろうが、そこにこそ、日本人とモンゴル人の文化や価値観の違いがあるような気がしてならない。

大相撲初場所 千秋楽 史上最多となる33回目の優勝を15戦全勝で飾り、 父ムンフバトさんにキスされる白鵬。右手前は母タミルさん=両国国技館


 誤解を恐れずに言えば、モンゴルでは強い男がことさらもてはやされる国である。小生は平成20年のモンゴル巡業を取材した経験があるが、そのことをヒシヒシと感じる場面は多々あった。「権力者やチャンピオンに対するリスペクトは尋常ではない」と現地のモンゴル人ガイドも言っていた。王者=ルールブックという風潮も強い。

 春場所前、仕切りでの大きな咳払いがファンの注目を浴びていた千代鳳、琴勇輝に対し「犬じゃないんだから吠えるな」と白鵬は一喝した。部屋の師匠や協会幹部から注意されるのならともかく、いくら横綱とはいえ相撲界でもこれは完全な“越権行為”だ。しかし、モンゴル人の感覚からすれば、王者としての当然の発言だったのかもしれない。“審判部批判”も優勝回数で歴代トップに立った自分こそ、言う権利があると思っていたとしても不思議ではない。

 いずれにしても「実るほど頭を垂れる稲穂かな」「和を以て貴しとなす」「武士の情け」といった日本的精神がこの横綱からは見えてこない。我が国固有の伝統文化の世界で綱を締める者がそれでは困る。異国の地での文化や風習、言葉の壁を乗り越える苦労は想像に難くないが、それこそ肌の色が違っていても髷を結って土俵に上がる以上は、日本人の心を持っていなければならない。それでも自己を貫くのであれば、角界にとっても自身にとっても不幸な結末しかもたらさないだろう。朝青龍がそうであったように。



荒井太郎(あらいたろう)
1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、百貨店勤務を経てフリーライターに転身。相撲ジャーナリストとして専門誌に寄稿、連載。およびテレビ出演、コメント提供も多数。2015年1月に創刊した『相撲ファン』の監修を務める。著書に『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』『歴史ポケットスポーツ新聞 プロレス』『東京六大学野球史』『大相撲事件史』など。