玉村治 (スポーツ科学・科学ジャーナリスト)

 大相撲九州場所(11月場所)で、希代の大横綱、大鵬と並ぶ32回目の優勝を成し遂げた白鵬。他を寄せ付けない圧倒的な強さの裏には、力と力がぶつかり合う相撲において、自分の力だけでなく、相手の力をも有効に利用してしまう「柔らかさ」「うまさ」がある。細い体から肉体を作り上げ、大鵬の最大の長所の柔らかさに加え、剛の両面を持ち、重心のスポーツとされる相撲の極意を知り尽くしたセンスは、追随を許さない。40回の優勝も現実味を帯びている。

 この白鵬に続き角界を引っ張ると期待されるのが、幕下付け出しから5場所で、史上最速の関脇に昇進した逸ノ城だ。九州場所では、上位陣と当たる難しい番付ながら勝ち越し、類い希な才能を見せつけた。角界を席巻するモンゴル出身の白鵬、逸ノ城の躍進の秘密はどこにあるのか、日本人力士はどこと違うのか、迫りたい。
大相撲 春場所14日目 横綱白鵬(左)は大関稀勢の里を注文相撲で下し、 1敗を堅持した=3月21日、ボディメーカーコロシアム

9割の勝敗を決める立ち合い


 相撲の立ち合いは、勝敗の8~9割を決めると言われる。体重150KG同士の力士が正面からぶつかり合った時の衝撃は800KG。体重が200KG同士では、1トンを超える。

 この衝撃力をまともに受け止めることはどんなに鍛えていても難しい。自らも前のめりになって当たっていくか、あるいは力を逃がしたり、かわしたりしななくてならない。互いにバランスが崩れやすい瞬間であり、ここで先手をとれば、技をかけやすい有利な体勢に持ち込むことができる。

 この立ち合いに絶対的な自信を持つのが白鵬だ。クッションなみに力を吸い取り、多様な攻めにつなげる柔らかい相撲を取る。それは昭和の大横綱「大鵬」(1940-2013年)と共通する。

 「巨人、大鵬、卵焼き」と一世を風靡した大鵬と対戦した力士は、立ち合いでのぶつかりを異口同音にこう表現した。

 「思い切ってぶつかったが、手応えがない。衝撃を吸収されてしまう感じ」。

 大鵬の体の柔らかさをデータも示す。1973年に東京教育大学(現筑波大学)が、横綱の大鵬、玉の海(1944-71)ら十両以上の力士47人を対象に身体能力を測定したデータがある。大鵬は、伏臥上体そらしなど体の柔軟性を示すデータが飛び抜けていた。ちなみに、もう一つ目立ったのが「肺活量」だった。

 この大鵬に対する表現と同じことを、白鵬と対戦する力士も口にする。白鵬は、立ち合いで、出遅れることなく踏み込み、相手の出方を受け止める余裕もある。変貌自在なのである。自分の型にはめ込む幅(遊び)が大きい。

 白鵬は、立ち合いの時に、横綱「双葉山」(1912-1968年)が得意とした「後の先」(ごのせん)を目指している。後の先は、立ち合い時に相手の動きを見て、かすかに遅れ気味に立つことである。双葉山は、これによって相手を下から攻め、主導権を握った。一歩間違えば、相手に付け入れられてしまう危険もある。しかし、この後の先は、相手の力を吸収し、有効に利用するのに理にかなっているやり方なのである。

膝を抜き、地面反力で相手の力を吸収

1
図1 立ち合い時に力士に働く力。白鵬の力を吸収する原理
 (出典:『一流選手の動きはなぜ美しいのか』(小田伸午著、角川選書))
 図1を見て欲しい。両力士が勢いよくぶつかった立ち合いである。右図から左図へと相撲が展開していく。左の力士を白鵬とすると、下位の力士は頭を下げてぶつかっていくが、「後の先」で構え、白鵬はびくともせず受け止める。そして、相手力士の力を上に押し流す(押し上げる)。力を逃がした格好だが、相手力士は力が吸収されたと感じ、白鵬は相手の力を巧みに使い、自分の型にはめ込んでいける。
 関西大学人間健康学部の小田伸午教授は「稽古で鍛えられた強靱な筋力に裏打ちされた、うまさがある。具体的には、『膝の抜き』によって、強力な地面反力(地面からの力)を活用している」と指摘する。

 膝の抜きとは何か。稽古が十分な横綱は、突進してくる相手に足を踏み込み、膝の力を抜き、重心を落としていく。この重心の落とし方が絶妙であればあるほど、地面から大きな力「地面反力」を受けることになる。物理でいう「作用と反作用の法則」だ。体がかたいと十分に落とせず、しかも重心を最大限、落としたところで相手を胸で受け止めれば、それだけ大きな反力を引き出すことができる。一見、体が立っているように見えるが、相手の突進力を上に押し上げることで、白鵬の足の裏には自重だけでなく、相手の体重もかかる。これによって強力な地面反力がさらに大きくなっていく。

 小田教授は、「横綱はインタビューで、踏み込みがいいというが、これは膝の抜きが良かったということ。重心を落とせる筋力と、バランスが不可欠だ。稽古を積んだ力士は、このコツを体得している」と強調する。