門田隆将(ジャーナリスト)

 これは、もはや「無法地帯」というほかないだろう。少なくとも、とても「言論機関」などというレベルのものではないことがわかる。

 11月12日、吉田調書誤報事件に関して、朝日新聞の第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)が提言を出した。題して、

〈「福島原発事故・吉田調書」報道に関する見解〉

 全21ページにわたるこの報告書を熟読して慄然としない人がいるだろうか。

 もし、以下のような新聞社が現に存在するとしたら、誰がその新聞を購読するだろうか。

 仮に、ある新聞社が、日本中が驚くようなスクープの「文書」を手に入れたとしよう。

 その文書を手に入れた記者が、上司に文書を読ませもせず、また、上司の側もそれで「よし」とし、そして、記者がその文書に関係する当事者たちをたった「一人」も取材しないまま、さらには、出稿された段階で記事の見出しや中身に他部から異議が出されても、一切それが無視され、その上で「記事掲載」がなされたとしたら、どうだろうか。

 また、その記事に外部から「これは誤報である」との指摘があっても、広報部門が、肝心の文書を目にしない内に、記者が言うまま「法的措置を検討する」という恫喝の文書を、その外部の指摘した人物に送りつけたとしたら、どうだろうか。

 仮に、そんなメチャクチャな新聞社が日本に存在していると言ったら、誰しも「まさか」と思うに違いない。

 しかし、これは嘘でも何でもない。現実の話である。

 朝日新聞の「吉田調書(聴取結果書)」誤報事件を検証する第三者機関「報道と人権委員会」の委員たちが、朝日新聞内部の「26人」から聴取をおこない、「37人」から報告書の提出を受けて、正式に記述された〈「福島原発事故・吉田調書」報道に関する見解〉の中に、その呆れるような内実がしっかり記述されているのである。

 冒頭のように、それは、もはや「言論機関」などというものではなく、「無法地帯」と呼んだ方が相応しいだろう。

 慰安婦のありもしない「強制連行」報道によって、日本人を「性奴隷(sex slaves)」を弄んだ民族に仕立て上げた朝日新聞の過去の報道のことを合わせて考えると、心ある日本人には、溜息しか出てこないのではないだろうか。

上司は「誰」も読んでいなかった

 このPRCの報告書を読んで、最も驚いたのは、なんと言っても、吉田調書報道に際して、その肝心の吉田調書を読んだ上司が「いなかった」ことではないだろうか。報告書には、こう記述されている。

〈取材過程から記事掲載までにおいては、秘密保護を優先するあまり、吉田調書を読み込んだのが直前まで2人の取材記者にとどまっており、編集部門内でもその内容は共有されず、記事組み込み日当日の紙面最終責任者すら関連部分を読んでいなかったという問題点、組み込み日前日から当日にかけて、記事を出稿した特別報道部内や東京本社の他部、東京本社内の見出しを付ける編集センター、校閲センター、大阪本社から、見出しや前文等に対し疑問がいくつも出されていたのに、修正されなかったという問題点、紙面全般の最終責任を負うゼネラルエディター(以下「GE」)、担当部長が取材チームを過度に信頼し各自の役割を的確に遂行しなかったという問題点などが存在する〉

 これが、あの5月20日の同紙紙面で、1・2面をぶち抜き、さらにインターネットの朝日デジタルに特設ページまでつくって大々的に報じた「吉田調書」記事の内実なのである。

〈所長命令に違反 原発撤退〉

〈福島第一 所員の9割〉

 そんな大見出しを掲げた記事は衝撃的だった。これまでマスコミ等で報じられてきたことを完全にひっくり返すこの内容は、事実なら、まさに大スクープだった。

 朝日の記事によれば格納容器爆発の危機が迫る中、2011年3月15日の朝、福島第一原発(1F)に残ったフクシマ・フィフティ(実際には「69人」)たちも、「所長命令に違反して所員の9割が逃げ出した結果、残された」だけの存在となってしまったのである。

 スクープには、さまざまな種類がある。大きく分ければ、これまで全く世に知られていない事実を初めて記事としてすっぱ抜く場合と、これまで知られている事実を否定し、真実はこうだ、とひっくり返す場合の2種類である。

 前者は、そこで報じられる事実そのものがスクープであり、後者は、今までなされていた事実を否定して初めて成り立つものであり、より「説得力」が求められる。

 それだけに、記事の中身の吟味は幾重にもおこなわなければならないのは当然だ。

 しかし、朝日新聞では、その肝心の吉田調書が2人の記者によって隠され、「上司が読むこともできないまま」記事が“GO”されていたのである。

 そして、記事を出稿した段階で、他部から「これは大丈夫か」と、いくつも疑問点が出されたにもかかわらず、すべて無視されて「掲載」に至っていたのだ。

 私は、自分に身を置き換えて考えてみた。そして背筋が寒くなった。

 もし、私が部長、あるいは編集局長、つまり記者2人の上司だったら、吉田調書を読まないまま、記事をGOすることなど、とてもできなかっただろう。
水素爆発から1日たった3号機原子炉建屋(東京電力提供)
 この記事は、前述のように、今まで報道されてきた事実を否定して初めて成り立つものであり、より「説得力」が求められる。それを肝心の文書を上司である自分が読むこともせずに「掲載」されることなど、想像するだけで恐ろしい。

 これまでの事実を完全にひっくり返すものであれば、当然、外部からの検証や非難も大きいだろう。

 それを記事の責任を負うべき立場にある「私」が中身を吟味しないまま、「出してよし」とできるわけがないからだ。

無視された「現場」の状況


 しかし、それが罷り通るのが朝日新聞である。

 驚くべきは、そこで現場の所員を一人も取材していないことだ。

 朝日新聞が問題とした2011年3月15日朝は、日本が有史以来、最大の危機を迎えた「時」だった。1Fの免震重要棟には、700名ほどの所員や協力企業の人たちがいた。その中には総務、人事、広報など、事故に対応する「現場の人間」ではない“非戦闘員”が数多く、女性所員も少なくなかった。

 彼らがそこにいたのは、1Fの中で、免震重要棟が「最も安全だったから」である。

 免震重要棟は新潟中越沖地震(2007年7月)の教訓から、免震構造と放射能をシャットアウトできるフィルター構造を持つ建物として前年7月にできたばかりだ。

 この建物の2階に所長をトップとする1F内の緊急時対策室(緊対室)が設けられ、所員や協力企業の面々がこの建物に避難するのは、マニュアルにも決められていた。

 大津波によって全電源喪失状態に陥って5日目。事態は刻々と悪化し、放射線量が増加して、外気の汚染が広がっていったため、彼ら非戦闘員は「外部への脱出」の機会を失っていた。

 吉田所長は、事故対応ではない女性所員を含む非戦闘員たちを一刻も早く1Fから退避させたかったが、広がる汚染の中で、それが叶わないまま時間が経過していた。

 3月12日には1号機が水素爆発し、14日にも3号機が爆発。その間も、人々を弄ぶかのように各原子炉の水位計や圧力計が異常な数値を示したり、また放射線量も、上がったり下がったりを繰り返した。

 そんな絶望的な状況の中、吉田所長の指揮の下、現場の不眠不休の闘いが継続され、プラントエンジニアたちは汚染された原子炉建屋に突入を繰り返し、またほかの所員たちは瓦礫を撤去し、さらには、原子炉への海水注入作業に挑んだ。

 それでも、2号機の状態が悪化し、格納容器の圧力が限界まで上昇し、いつ爆発してもおかしくない状況で3月15日朝を迎えたわけである。

 この日の朝6時過ぎ、ついに大きな衝撃音と共に2号機の圧力抑制室(通称・サプチャン)の圧力がゼロになった。

「サプチャンに穴が空いたのか」

 多くのプラントエンジニアはそう思った。

 仮にそうなら、放射性物質大量放出の危機である。いくら免震重要棟が1F構内で最も安全といっても、できるだけ遠くに退避させる必要があった。

「各班は、最少人数を残して退避!」

 この時、恐れていた事態が現実になったと思った吉田所長はそう叫び、彼らを2Fに退避させたのである。

 たとえ外の大気が「汚染」されていたとしても、ついに免震重要棟からも「事故対応」の人員以外を脱出させなければならない時が来たのである。