佐藤優(作家、元外務省主任分析官)

 ロシアが外交の手段として核兵器を使い始めた。これは危険な挑発だ。デンマークのコペンハーゲン発のロイター通信は22日、こう伝えた。<駐デンマークのワニン・ロシア大使は、デンマークが北大西洋条約機構(NATO)のミサイル防衛(MD)計画に参加すればロシアの核ミサイルの標的になると述べた。デンマーク紙ユランズ・ポステンがインタビューを掲載した。

 デンマークは昨年8月、ミサイル防衛計画に高性能なレーダーを搭載した艦船を派遣する方針を明らかにした。ロシア政府はMD構想に反対していた。

 ワニン大使は計画への参加がもたらす結果をデンマーク側が完全に理解していないと指摘。「参加すれば、デンマーク艦船がロシアの核ミサイルの標的になる」と述べた。

 これに対してデンマークのリデゴー外相は受け入れられない発言だと強く反発、「NATOのMD構想がロシアを標的とするものではないことをロシア側は十分承知しているはず」と述べた。一方、NATOは平和に貢献しないと批判した>

デンマーク艦船を「標的」に


 ワニン大使の発言は、大使の独断ではなく、ロシア本国の訓令に基づくものと見るのが常識だ。しかし、ロシア当局は常識に反する情報操作工作を展開している。<大使の発言はデンマーク政府の反発を呼んでいるが、ロシアのラジオ局「モスクワのこだま」は「大使はこうした大きな声明を行う権利を付与されていない」とする政権幹部の声を紹介。この幹部は、大事には至らず、大使の独断的な見解だとの見方を示した>(3月22日「産経ニュース」)

 ワニン大使の寄稿に対して、デンマーク政府の反発が予想を超える激しさだったので、ロシアとしては、とりあえず「現場の暴走」ということで、事態を沈静化したいのであろう。しかし、このような手法自体がシニカル(冷笑的)で不誠実だ。

 15日にロシア全土で放映されたテレビ番組「クリミア、祖国への道」で、プーチン大統領が「ロシアはクリミア情勢が思わしくない方向に推移した場合に備えており、核戦力に臨戦体制を取らせることも検討していた。しかし、それは起こらないだろう、とは考えていた」(3月15日露国営ラジオ「ロシアの声」)と述べた。

 ワニン大使の寄稿は、プーチン大統領の発言がロシアの新しい核戦略に基づいていることを裏書きするものだ。すなわち、ロシアが自国にとって死活的に重要と考える事項に関しては、核カードを用いてでもロシアの国益を実現するという方針だ。恫喝外交そのものである。

対露外交戦略の見直し必要


 日本にとって米国は唯一の同盟国だ。中国、北朝鮮からの弾道ミサイル攻撃の脅威に対抗するために米国のMD計画に日本が参加する可能性がある。米国のMD計画に日本が参加する場合、ロシアが「海上自衛隊のイージス艦と在日米軍基地を核攻撃の対象とする」と言い出しかねない。もちろんロシアがそのようなことを言ってきても、日本ははね付ける。そうなると北方領土交渉のハードルをロシアは上げてくるだろう。ビザ(査証)なし交流を一方的に取りやめ、北方領土への日本人の入域に際して日本のパスポートとロシアのビザを要求するようになるかもしれない。

 ロシアの核戦略の変更が日本外交にどのような影響を与えるかについて、外務省ロシア課とモスクワの日本大使館はどのような分析をしているのだろうか。ロシアが一方的に外交のゲームのルールを変更している状況で、年内にプーチン大統領の公式訪日を実現することが、日本の国益と国際社会の利益にかなうのであろうか。北方領土交渉の方法を含め、日本政府は対露外交戦略の全面的な見直しをする時期に至っていると筆者は考える。