塩瀬隆之(京都大学総合博物館准教授)

 「はたらく」の反対語として思いつく言葉は何か。今まで1万人以上の教育関係者や小中高校生、その父母の方々に尋ねてきた質問だ。

 回答の中でも特に多いものは、「休む」「楽しむ」「遊ぶ」といった言葉である。肯定的な言葉が反対語ということは、元の「はたらく」という言葉に消極的な意味合いが含まれていることになる。一方で、「はたらく」に近い意味の言葉には、「貢献する」「役立つ」「生み出す」など、ここでも肯定的な言葉が並ぶ。つまり、反対語も類義語もどちらも肯定的な言葉が並ぶわけだから、「はたらく」という言葉に対しては、肯定的なイメージと消極的なイメージとが交錯し、どちらかはっきりと態度が決まらないということになる。

職業観の共有こそ本当のキャリア教育


 文部科学省は、児童・生徒の職業観の欠如が離職率の高さにつながっているとする審議会答申を受け、各学校に職業観を身につけさせるためのキャリア教育の必要性を説いている。一つには働くことへの関心・意欲の向上と、それを学ぼうとする意欲を向上させることだ。しかし、当の大人も職業観というものを一言で説明しようとすると言葉に窮してしまう。もしかすると、こういった職業への霧が晴れないような感覚そのものを、しっかりと児童・生徒と共有することこそが本当の意味でのキャリア教育ではないのか。

 平成25年度の厚生労働白書によれば、回答した若者のうちの半数が独立自営や複数の企業でのキャリア形成よりも、「40年1社勤めあげ」を望んでいる。内閣府の世界青年意識調査においても、「職場に不満があれば転職するほうがよい」と考える日本の若者の割合は、米・英に比べ3分の1程度と、多少の不満があっても同じ会社に勤め続けることを望んでいることがわかる。政府や企業が期待する人材流動化や起業促進の呼び声とは裏腹に、多少の不満があっても、たとえ楽しくなかったとしても、我慢してその場にとどまり、働き続けようとする意向が、冒頭の消極的な職業観に関係しているのかもしれない。

 「はたらく」に近い言葉に、最初から「遊ぶ」や「楽しむ」といった肯定的なイメージを選ぶ人たちもいる。それはときに大学の研究者であったり、外資系IT企業のエンジニアだったりした。そのような回答をする人たちは、確かに傍から見ていても楽しそうに働いているが、彼ら、彼女らがただ恵まれた環境にいるというのではない。誰もが大きなプレッシャーにさらされ、思い通りにならない幾多の制約条件に阻まれながらも、諦めずに活路を見いだそうとしている。

 「はたらく」と「遊ぶ」とが近い人というのは、その立ちはだかる困難を、さも子供の頃に飛び越えた小高い塀のように、チャレンジの一つだと考えているのかもしれない。自らの力が通用しなかったとき、その課題との間にあるギャップを社会や時代のせいだと評論家的に語ることが何の解決にもならないことをよく知っていて、自らが変わることで乗り越えられることを信じているのである。

一度学んだ知識が変わらないと信じるのは傲りだ


 一度学んだだけの知識が10年、20年と価値がまったく変わらないと信じるのはもはや傲(おご)りである。しかし、25歳以上の大人が大学など高等教育機関で学んでいる比率は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均が20%なのに対し、日本ではわずか2%と、極端に学び直しの機会が少ないと指摘されている。40年勤めあげることが難しい時代、伏線(兼業)をはって変化に備え、常に学び直す構えこそが必要だ。近年、朝大学といった就業前時間を利用した学びのコミュニティーに多くの人が集まり、環境や教育などソーシャルな分野での週末起業を2枚目の名刺として携える若者が増えている。

 未来を予測する最もよい方法は、自らが未来を創造すること。たとえどんな価値の転覆が起ころうとも、諦めずに学び直すことこそが生き抜く力となるはずだ。その礎となるような、生涯にわたって学び直し続けられる力を子供たちには身につけてもらいたい。

しおせ・たかゆき 京都大学総合博物館准教授。日本科学未来館「“おや?”っこひろば」総合監修者。京都大学工学部精密工学科卒業、同大学院修了。博士(工学)。平成24年7月から今年6月まで、経済産業省産業技術政策課課長補佐、7月、京大に復職。共著に『科学技術Xの謎』(化学同人)、『インクルーシブデザイン』(学芸出版社)など。