永久寿夫(政策シンクタンクPHP総研 研究主幹)

《政策シンクタンク「PHP総研」研究員コラムより》

  「KPI(重要業績評価指標)を設定し、PDCA をきっちり回す」。民間企業においても、口にするのは容易だが、いざ実行となると難しい。それを知りながら、政府や自治体の事業にも導入すべきと、ことあるごとに唱えてきたのは、税金はより効率的・効果的に使われるべきだし、さもなければ財政がもたないという危機感からである。その観点からすると、安倍政権が、「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」で政策群ごとにKPIを設定し、それをフォローしていることは、画期的と評価すべきである。これはまた、マニフェスト選挙や「事業仕分け・レビュー」などに対する社会的評価の反映でもある。

  だが、KPIは、ともすると本来目的とは異なった方向に事業を導く恐れがある。たとえば、「グローバル化等に対応する人材力(グローバル人材)の強化」のため「2020年までに日本人留学生を6万人(2010年)から12万人へ倍増」という目標が設置され、KPIとして日本人留学生の「数」が示されている。たしかに留学経験者はグローバル化に適応しやすいかもしれないが、旅行のような短期留学も学位取得を志した長期留学も同じ「1」にカウントされる。効率よくKPIを上げるなら短期留学を増やせばよいが、これで「グローバル人材」が増えると言えるだろうか。

  KPIを1人あたりの留学期間にすれば、この問題は解決されるが、それを伸ばす事業が「グローバル人材」を育てるもっとも効率的・効果的な方法とも限らない。一昨年秋、この事業のレビューに評価者として参加した某商社の人事関係者は、一定の語学力は必要としたうえで、「グローバルな環境の中で、臆せず自らの考えを論理的に話して、自ら考え、自ら行動する、いわゆる最後までやり抜くというチャレンジ精神の旺盛な人物。まさにこういう人材を我われは育てているし、大学にも求めていきたい」と述べている。グローバルにビジネスを展開する商社が求める人材は、まさにグローバル人材であろう。そうした人材を育てる方法は留学以外にもあるはずだ。

  文科省はさまざまな取り組みを行っている。なかでも注目は「スーパーグローバル大学創成支援」だ。「我が国の高等教育の国際競争力を強化することを目的」とし、そのための構想を国内の大学を対象に募り、審査を経て採択されたものに対して、定額の補助をするというものだ。平成26年度の採択校をみると、有名校がずらりと並んでいる。そしてこの事業の数値目標として示されたのが、今後10年間で世界大学ランキング100以内に我が国の大学が10校以上入るということである。

  世界トップ100にランクインされる大学は、教授やスタッフ、カリキュラムといったソフト面、設備や校舎も含めたハード面ともに充実している。そこでは、世界中から研究者や学生が集い、時には協力し合い、時には競い合い、お互いを磨き合っている。それが競争力の源泉であり、そのような環境で学んだ人間はおのずと「グローバル人材」に育つ可能性がある。現在、100以内にある日本の大学は東大(23位)、京大(52位)の2校のみ(Times Higher Education World University Rankings 2013-2014)。偏差値志向の延長線にも思えるが、世界ランキングをKPIにしたこと自体に異論はない。

  採択各校の構想は、それぞれに手が込んでいる。多様な国際交流プログラムが用意され、成果目標も置かれている。だが、肝心なのは、教える側の採用を世界標準にすることではないか。世界の有力大学で学位をとった人間は、よりよい条件を求め、競い合いながら世界中を回っている。大学側もよりよい人材を獲得するために世界的規模で競い合っている。それが大学の競争力と学生の質を高める理由なのだが、日本の大学はその国際市場の外にあるといってよい。外国人教員や英語での授業を増やせというのではない。結果としてそうなるとしても、なすべきは、国籍を問わず、教員採用のマーケットをオープンにし、国内と国外の壁をなくすことである。

  テレビで人気を博したサンデル教授の「ハーバード白熱教室」のような授業の進め方は、もちろん内容の良否はあるが、珍しくはない、いわば世界標準である。学生からみれば、それを日本にいながら享受できるのだから、サンデル教授じゃなきゃダメという人以外は、留学する必要はなくなる。こうしたことをある教育関係者にお話ししたところ、それはもっともだが、どの大学でも教授会がいい顔をしないとのこと。たしかに、国際競争力に乏しい教授たちにとって、「世界標準」の新規参入は脅威であろう。なるほど「スーパーグローバル大学創成支援」は、彼らの「既得権益」を守りながら、ゆっくりとソフトランディングをはかる方法だったのか、とうがった見方もできてしまう。

  昨年の学校教育法の改正において、教授会は学長の決定に意見を述べるにとどまる組織となった。教授会の「拒否権」がなくなり、学長の権限が強化されたということだ。これによって大学改革が進むという期待が高まる一方、学長の判断一つで大学経営が大きく振れるため、リスクが高まるという批判もある。だが、高校からすぐに海外留学を目指す若者もちらほら見受けられるなか、日本の大学が思い切ったリスクをとらなければ、「グローバル人材」の育成はおぼつかず、他国任せにもなりかねない。資金や雇用の問題を考慮すると、一朝一夕にできることではないのも分かるが、悠長に構えている場合でもない。リスクをとる勇気ある大学が出現し、政府がそれを応援することを期待する。

ながひさ・としお 1982年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同年PHP研究所入社。88年、スタンフォード大学にてロシア・東欧学修士号(A.M.)取得。94年、カリフォルニア大学(UCLA)にて政治学博士号(Ph.D.)取得。国家経営研究部長などを経て、現在に至る。杉並区行政評価検討委員会委員、神奈川県「21世紀の県政を考える懇談会」委員、内閣府国際青年育成事業ハンガリー派遣団団長、東京外国語大学非常勤講師、熱海市行財政改革会議委員、内閣府行政刷新会議・事業仕分け分科会評価者、国家戦略会議フロンティア分科会事務局長などを歴任。現在、関西大学客員教授を務める。