野口裕之(産経新聞政治部専門委員)

 アンポ反対系DNAを受け継ぐ「絶滅危惧種」がいまだ生息している永田町の生態系にはウンザリする。国会で、自衛隊を「わが軍」と表現した安倍晋三首相(60)の言葉尻をとらえ、重要政策を棚上げして揚げ足取りに時間を浪費する執拗な“古典的攻撃”を、民主党議員らは恥ずかしいと感じないのだろうか。軍の保持を曖昧にした日本国憲法への「違反」を引き出す戦法のようだが、もはや憲法改正前の集団的自衛権行使の合法的実現は時間の問題。集団的自衛権は国際法上、国家の命を受けた国軍が武力行使するのであって、国軍以外の他組織による集団的自衛権行使は極めてわずかな特殊例だけ。国際の大勢も行使実現を歓迎し始めた今、無駄な抵抗は止めたがよい。絶滅危惧種は「絶滅」が「危惧」されるため保護対象になるが、小欄は危惧していない。むしろ健全な安全保障政策論議に思考停止し、国際が理解不能な愚問を蒸し返す政治家は「絶滅推進種」に指定したい。左翼イデオロギーなる賞味期限が切れた栄養をすすり、しぶとく生き残る絶滅推進種は滑稽を通り越し哀れでさえある。

「わが社」と呼ぶ自衛官


 栄養源の中でも高カロリーなのが日本国憲法だ。憲法の本格的検討→制定→施行は連合軍占領下の1946~47年。米国を筆頭に連合国が「日本はアジア諸国を苦しめた侵略国=悪い国」と罪悪感を植え付ける非軍事・民族骨抜き政策に邁進した時期だった。憲法は洗脳道具として、素人米国人が1週間程度で速成した。その後、朝鮮戦争(1950~53年休戦)が勃発し、米国など国際社会はあわてて日本の再軍備を支援する。以来、軍の保持が曖昧なままの憲法は左翼の「メシの種」となった。
衆院予算委員会で質問に立つ民主党の細野豪志政調会長=4日午前、国会・衆院第1委員室

 ただし、自衛隊は国家防衛を担任する唯一の組織であり、国際法上の交戦資格を有し、自衛官は戦闘員とみなされる。自衛隊の艦艇・航空機も国際法上軍艦・軍用機として扱われる。外国賓客が来日時、自衛隊による栄誉礼を受け、自衛隊艦艇に民間船舶が国旗を下げて敬意を払うのも、入港時に「両軍」が礼砲を撃ち合う儀礼も、国際社会が自衛隊を完全に国軍として公認している証左である。

 安倍氏が「わが軍」ではなく「わが社」と呼べば絶滅推進種は満足なのか。少し前まで「わが社」と表現する自衛隊員は多かった。特に駐屯地・基地外で会えば尚のこと「わが社」を強調した。軍=戦争=悪などとデマにさらされ、自衛隊という呼称を極力使わぬよう意識していたのだ。さすがに、災害出動や国際支援などでの八面六臂の大活躍を、社会が高く評価せざるを得なくなり少なくなったが、時々耳に入る。聞き耳を立て言葉狩りを狙う、絶滅推進種を恐れての自衛策でもある。

 従って、軍事用語は徹底的に葬られ、自衛官の側も抵抗できぬまま慣らされてしまった。専門別に育成される各兵科の場合、歩兵は普通科、工兵は施設科、砲兵は特科…。小欄は講演後、聴衆の主婦に「普通科の他に商業科も有るか?」と尋ねられている。そも、兵科を「職種」と呼ぶのだから「わが社」という表現もむべなるかな。

保守政治家の「落語家」化


 絶滅推進種はいっそ国会で、戦車を自衛隊創成期の呼称「特車」に戻すよう提案、海上自衛隊が演奏し、多くの国民が大感激する軍艦行進曲(軍艦マーチ)を問題にしてはどうか。人としての常識は疑われるが、前時代的な志は貫徹できよう。言葉狩りが政策論争だと心得違いする不勉強な絶滅推進種。自衛隊≠軍だと付きまとうなら、もう少しまともなツッコミができぬものか。

 例えば、北朝鮮などによる弾道ミサイル発射に対処すべく2005年、自衛隊法に加わった《弾道ミサイル破壊措置》は「警察力行使」の一環。当時の防衛庁長官は参院外交防衛委で、防衛出動命令下令以前の措置で、武力行使には当たらない武器使用だとの主旨を答弁した。つまり「わが警察」は、数多の外国国軍には実行できぬほど難しいといわれる弾道ミサイルを迎撃できるミサイル・システムを保有。互角に戦える外国国軍はそう多くはない「世界一精強な警察」という“理屈”になる。

 揚げ足取りに磨きをかけ続けてきた左翼系政治家の跋扈は、保守系政治家の「落語家」化を生んだ。八っつぁん・熊さん(左翼系議員)の「自衛隊は軍か?」といったたぐいの素っ頓狂な国会質問に、ご隠居(政府・自民党)が苦し紛れに珍説を披露する対決図。落語家の熟達した話芸にはあきれるやら、ほれぼれするやら。真打ちをご紹介しよう。

 ある意味で軍隊。憲法でいう戦力ではない=吉田茂首相▼外国の侵略に対するものを軍隊というならば自衛隊も軍隊=防衛庁長官▼国際法上、軍隊・軍艦に適用される法規を自衛隊に適用する(が)普通の諸外国の制約のない軍隊とは異なる=法制局長官▼通常の軍隊とは性格が違う=別の法制局長官▼自衛隊を軍隊と呼称することはしない=佐藤栄作首相▼通常の観念の軍隊ではないが、国際法上は軍隊で自衛官は軍隊の構成員=外務相…など。民主党政権の防衛相も「外国から攻められれば戦うという姿勢だから軍隊という位置付けでも良い」と答弁している。

日本軍の呼称=抑止強化


 ところで、世界で《自衛隊》と称する国軍は皆無。一部は《国防軍》《防衛軍》を名乗るが、主流は《国名+軍》。英語の「自衛」とは個人の護身といった意味合いが強く、国家を守護するのなら「国防」「防衛」である。ところがわが国は「国防」「防衛」より弱々しさを醸し出す「自衛」と名付けた。さらに「軍」を構成する一単位で、小規模を印象付ける「隊」とすることで自衛隊をひねり出した。自衛隊の英語名を直訳すれば《日本自衛軍》となるが、この点でも矛盾をはらむ。

 保守系の議員や団体の勉強会で、小欄は「憲法改正後の改名は、自衛軍と防衛軍のどちらが良いか?」と度々聞かれる。そして、毎回こう聞き返す。

 「日本(にっぽん)陸軍、日本海軍、日本空軍ではダメなのか?」

 安全保障分野で合理性なき自制を重ねると、敵性国家はその分凶暴になる。逆に日本陸海軍の名乗りは、人民に銃口を向けるくせに“人民解放”軍を詐称する上から目線の隣国を萎縮させ、抑止力強化に資する。

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