2.政治家としての出発点


 上述の出来事において、橋下氏は、視聴者には懲戒請求を呼びかけておきながら――極めて無責任にも――自らは何ら手続きをしていなかった。要するに、当該の弁護士たちを断じて懲戒すべきだという信念や使命感があったわけではないのである。実際、裁判での橋下氏の反論を見ても、「懲戒請求で負担が生じたのは弁護士会の責任」、あるいは「懲戒請求は(請求者の)自発的意志に基づくもの」といった具合に、他人の責任を強調するばかりで、自分自身の主張を貫く姿勢は全く感じられなかった。こうした姿勢もまた、橋下徹氏という人物を象徴している。すなわち、確固たる信念の欠如、そして信念の伴わない無責任な発言である。
2011年の大阪市長選で有権者らと握手する橋下徹氏=大阪市中央区
 2007年12月初旬、テレビ番組への出演で知名度を上げていた橋下氏は、翌年1月の大阪府知事選挙への出馬が取りざたされるようになる。だが、本人は極めて消極的な態度を示し、12月6日の時点では、テレビ局の取材に対して「もうオンエア日確定してますもん。番組飛ばすことになる。二万パーセントでも有り得ないです」と断言し、出馬を完全否定していた。ところが、その6日後、突如として正式な出馬表明を行ったのである。事実に照らして率直に言えば、不出馬宣言は噓だったのだ。橋下氏にとって、100パーセントの200倍もの断言でさえ、信念や一貫性を伴うものではないのであろう。政治家としての橋下氏を知るためには、この原点を見逃してはならない。

 さらに、2008年1月10日に告示された大阪府知事選挙において、橋下氏は、ある意味で前代未聞の選挙運動を展開することになる。その目的は、ただ一つ。選挙に勝つこと。たとえジャーナリストや知識人や先輩政治家から批判されようとも、良識ある市民から眉をひそめられようとも、ただ勝てばよかったのだ。もちろん、政策や政治信条など、二の次、三の次に過ぎない。たとえば、知事選挙の翌日の『毎日新聞』は、「タレント知事で終わるな」という見出しの下、橋下氏の選挙運動に対して、次のように論評を掲載していた。

 正面からの政策論争ではなく、イメージ戦略に終始した印象が強い。…… 知事になって、一体何をやりたいのか。選挙戦を通して一番肝心なそこが明確に伝わらなかった。……テレビ番組受けする発言で耳目を引くやり方は、知事としては通用しない。タレントではなく、どんな知事を目指すのか……。


 この記事は、橋下氏に対して、「知事になって、一体何をやりたいのか」、あるいは「どんな知事を目指すのか」と問いかけている。だが、そんなものは初めから一片も存在しないのだ。橋下氏は、選挙に勝つという唯一の目的のために「イメージ戦略に終始」し、「テレビ番組受けする発言で耳目を引」いたのであって、それ以上のものは何もないのである。

 当時の知事選運動を報じた新聞各紙を読み返しても、そのことは明らかだ。たとえば、『朝日新聞』は「芸能プロ活用 演出巧み」という見出しの下、「これだけマスコミが集まった選挙は見たことがない」という自民党のベテラン衆院議員の談話を紹介しているし(3)、『毎日新聞』は、テレビクルーが追い続ける選挙運動の様子を「まるでバラエティー番組のロケ状態」と評した上で、橋下氏については「タレント顔が全開」と描写し、さらには「高齢者の多い会合では『不適切発言でご迷惑をおかけしました』と頭を下げ、好青年ぶりを演出。一方、街頭では『やつら役人が何を言おうが全部けり飛ばす』などの毒舌で、若者を喜ばせた。……テレビで視聴者の心をとらえたように、次々と有権者の心をつかんでいった」と報じている(4)。また、『読売新聞』は、「自民、公明の府議らに『もっと演説に政策を入れたらどうや』と詰め寄られた」橋下氏が、「感情に訴える時は政策は言いません」と答えた逸話を紹介している(5)。そして、橋下氏本人もまた、次のように公言していたのである。

 テレビは中身じゃないんです。僕の演説も政策の中身は話していない。……メディアに身を置かせてもらって学びました。脳ミソに働きかけるのと心情に働きかけるのとの違いをね。


 脳ミソには訴えない、中身じゃない、政策は言わない……。こんなことを堂々と公言する政治家は、極めて希であろう。だが、橋下氏の場合、そんな発言が軽卒だと思われようが、自らの選挙運動が不適切だと言われようが、全く問題にしないのだ。選挙に勝ち、権力の座を手に入れること、それが全てだからである。それでも、口達者な橋下氏は、一見しただけでは魅力的に映ってしまうのであろう。当選の理由は、そうとしか考えられない。