古谷経衡(著述家)


世界は日本の憲法9条を知らない


 安倍首相が自衛隊を「我が軍」と衆議院予算委員会で発言したことが、ちょっとした騒動になったことは記憶に新しい。これが1990年代だったら、首相のクビが一発で飛ぶような大騒ぎになるところだったろうが、どうで時代は変わったもので、少しヒステリックな指摘がほんの少し、リベラルメディアからあがっただけですぐに沈静化した。

 国民の側も、「自衛隊は事実上、軍隊みたいなものじゃないか。これを言葉尻を捕らえて批判するなんて、いかがなものか」という皮膚感覚がある。保守系はこれに右へならえで、「自衛隊を軍隊と呼ぶことに、何の問題があるのか」といった調子。私も、首相の「我が軍」発言は「基本的」に、悪いことだとは思わない(カッコを付ける理由は後半で説明する)。

 首相も「自衛隊は国際法上は軍隊だ」と説明した。日本のことを余程知っている、海外の日本研究者以外は、日本国憲法9条を知らないから、海外では普通に「JAPAN  ARMY」「JAPAN NAVY」といった表示が普通だ。或いはやや表記に正確を期すところでは、「JAPAN Self-Defense Force」と「自衛軍」の表記があるが、その後には決まって(army)とカッコで説明されている。

「日本の9条は世界でも有名であり、よって日本が軍隊のない国であることを海外の人は知っているのだ」という人が居るが、我々がフランス憲法の条文を知らないのと同じように、外国人も日本の憲法の条文や特殊事情を知らない。

でどうみても軍隊だけど軍隊ではない矛盾


 そもそも、陸上兵力16万、米海軍に次ぐ世界二位のイージス艦保有数と事実上のヘリ空母(DDH)を3隻保有し、最新鋭の戦闘機F-35(A)を42機導入する予定の自衛隊が、「軍隊ではない」というのであれば、世界中の殆どの国家が無防備地域になる。

 しかし、悲しいかな自衛隊は「軍隊」ではない。憲法に、「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と書いてあるからという事実以上に、「軍隊」として備わっているはずの条件が、一部欠損しているのである。

 代表的なのは軍法。自衛隊は憲法上軍隊ではないから軍法はない。戦場で敵と戦う極限状態を強いられる軍隊組織には、一般法は通用しない。民間企業で上司の命令を破っても、内規で処分されるだけだが、軍隊ではそうは行かない。上官の命令に従わなければ戦線が維持できない。部下の勝手な判断で好き勝手に動けば、全滅の恐れもある。だから軍隊には、一般法とは別個の法概念「軍法」が必要であり、それを裁くための「軍法会議(軍法裁判所)」が必要だ。

 ところが日本国憲法には、「特別裁判所はこれを設置できない」(76条)とある。軍法会議は、最高裁判所を頂点とする司法体系から逸脱した特別裁判所である。よってこれを設置できず、自衛隊員が隊内でなんらかの違反等をした場合は、自衛隊内の警務隊が逮捕し、担当の検察が起訴し、一般の裁判所で例えば自衛隊法違反や自衛隊員倫理法違反などが問われさばくことになるが、「軍隊」ならばこの作業を全部自前の軍法会議で行う。

 戦前の旧軍に存在した憲兵(MP)が今の警務隊、ということができるが、最大に違うのは訴追することができないため、起訴はその事件の担当の検察に委ねられることになる。これでは憲兵ということはできない。この一点をとっても、自衛隊は軍隊ではない。いや、「限りなぐ軍隊に近い軍隊”的”組織」という評価が妥当だろう。

「軍隊っぽさ」をなるべく薄味にして…


「自衛隊は軍隊ではない」という建前と、「実際には軍隊の装備を持っている」という矛盾の整合性をとるため、かつて自衛隊の装備品の呼び方は奇異なものが合った。戦車を「特車」といったり、自衛隊の編成・装備品などの整備計画を、一般企業の経営計画のように「中期業務見積もり」と言い換えたりしてお茶を濁していた。

 さすがにこのような配慮はだんだんと消えたが、現在でも階級呼称を旧軍の大・中・小(佐/尉)でなく数字に言い換えたりして軍隊組織の印象を薄め、自衛艦艇を大小ひっくるめて全て「護衛艦」と呼び、かつてのような「駆逐艦」「巡洋艦」などの艦種分類をしていない。

 実質的には軽空母・ヘリ空母をDDH(ヘリコプター搭載型護衛艦)と呼んで、あくまで空母ではない、というニュアンスの醸成に腐心している。これも全て、「軍隊ではない」ことを強調するためだが、海外からすると明らかに軍隊だし、国内的には「限りなぐ軍隊に近い軍隊”的”組織」であり、その「限りなさ」度合いは年々、ましている。

護憲のレトリックに力を与える「我が軍」


 さて、自衛隊が軍隊を持たないと定めた現行憲法下において、「限りなく軍隊に近い軍隊”的”組織」になればなるほど、護憲派からは「じゃあ、このままで良いではないか。改憲する必要性は薄れている」という抗弁を招くことになる。「憲法を変えなくても自衛隊が”軍隊”に近づいているのなら、憲法を変える必要はない」というレトリックは、筋が通っている。

 だから実は首相がことさら、日本国内で自衛隊を「我が軍」と呼ぶことは、この護憲派のレトリックに力を与えることになりかねない。

 もし貴方が、真剣に憲法を変えて、自衛隊を日本軍として位置づけることを目指しているのなら、自衛隊を「我が軍」と呼ぶのは少し待ったほうがいいのかも。

 あくまでも政治家は「自衛隊は軍隊ではありません、だから制約が多いのです、軍隊なんてとんでも無い、このままでは外国の侵略に満足に対抗できない」と繰り返すことが、憲法改正を推進するレトリックとしては力強い。

 保守派の多くは、「自衛隊は強い、中国や韓国なんかに負けない」と威勢よく言いがちだが、それを言えば言うほど自衛隊増強・憲法改正の正当性を失うことになる。「自衛隊は弱いんだから、増強しないといけない」というのが、国防意識の鉄則ではないか。

 その証拠に中国は、毎年10%以上増の自国国防費の拡大を「古くなった武器を近代化更新しているだけで、中国軍はまだまだ弱い」と言っている。「まだまだ弱い」。弱者に偽装することが増勢の基本である。戦略的にここを間違ってはいけない。

「我が軍」と呼んで当座の溜飲を下げるか、改憲レトリックの推進力を選択するのか。どちらを選ぶかは国民次第である。

関連記事
■ 政治の「大義」とは何なのか
■ 国民は知っている「ブレた」岡田氏
■ 鳩山氏、菅氏、中川氏…政治家の自覚はないのか
■ 河野洋平は戦後最も日本を貶めた政治家である