榊原智(産経新聞論説委員)


 現代日本の政治が取り組むべきことは、自衛隊を「わが軍」と呼ぶことをタブー視することではない。現憲法の下でも、自衛隊が平和と安全を確保するための日本の軍隊であるという「本当のこと」を認め、国民にわかってもらうことだ。

 現代日本には、言葉狩りで真実を覆い隠し、国の安全保障力をいたずらに損なう戦後の悪い習わしを続けていく余裕などないはずだ。

 政治家も国民も、自衛隊が日本の軍隊だとはっきりと自覚し、戦後長く自衛隊を縛り付けてきた、平和を守る力をいたずらに削ぐような不合理な制度、慣習を改めていった方がいい。これは自衛隊を普通の民主主義国の軍隊へ近づけることになり、抑止力を高めることになる。日本や国際社会の平和と安全を保ち、国民の生命財産を守ることにつながる。憲法9条の改正は、そのような努力の総仕上げにしなければならない。

 安倍晋三内閣と与党は、集団的自衛権の行使容認をはじめとする安全保障改革に取り組んでいる。

 国家安全保障戦略を定め、国家安全保障会議(日本版NSC)や国家安全保障局を創設した。自衛隊による南西諸島防衛に力を入れ、スパイや情報漏れを防ぐため国の重要な秘密を守る特定秘密保護法を制定した。友好国が先端技術を持ち寄って武器を共同開発するため防衛装備移転三原則をつくり、日米同盟の抑止力を高めるため普天間飛行場の辺野古移設工事を進めている。

 改革の真打ちは、集団的自衛権の限定行使を容認することを柱とする安全保障法制の整備と、連動した日米防衛協力の指針(ガイドライン)の改定だ。新ガイドラインは4月下旬にまとまり、安保関連法制は今夏にも制定の運びだ。

 このように安全保障の取り組みがずいぶん正常化してきたと思いきや、首相が自衛隊を「わが軍」と呼んだだけで、猛反発する政党やメディアが現われた。時計の針が何十年も昔に巻き戻ってしまったようだ。

 首相の「わが軍」発言は次のようなものだった。3月20日の参院予算委員会。維新の党の真山勇一参院議員が、自衛隊と各国軍との合同訓練について質したのに対して、首相はこう答弁した。

 「共同訓練については、さきほど大臣から答弁した通りである。付言すると、お互い一緒に訓練する国々との関係が、より密接になっていくわけであるし、絆が強化されていくと言ってもいいんだろうと思う。わが軍の透明性をまさに、一緒に訓練するわけだから、上げていくことにおいては大きな成果を上げているんだろうと思う。自衛隊は規律がしっかりしていると、しっかりとした責任感と厳しい規律の下に、平和に貢献していこうとしているということが、多くの国々によく理解されているんではないかと思う」

 当たり前の発言である。

 しかし首相発言に対して、野党や一部メディアが攻撃、追及を続けた。

 朝日新聞のコラム、天声人語は「首相の言葉は往々、身もふたもない。先月には自衛隊のことを『我が軍』と呼んだ。戦力には当たらないと歴代内閣が積み重ねてきた答弁もどこへやら、ここでも憲法上の原理原則は顧みられていない」(4月11日付朝刊)と批判した。

 民主党の細野豪志政調会長は3月24日の記者会見で「これまで積み上げてきた議論をひっくり返すような話だ」とかみついた。維新の党の松野頼久幹事長は「不安をあおるような言い回しには気をつけるべきだ」と記者団に語った。

 翌25日の記者会見では民主党の枝野幸男幹事長が、「わが国の自衛隊であり、安倍さんのものではない」と、いささか意味不明な批判まで行った。首相の言う「わが軍」には私兵の意味合いなどあるわけもなく、枝野氏が使った「わが国」と同じ用法だったに決まっている。

 枝野氏はさらに、「憲法に陸海空軍その他の戦力を持たないと明記されている。説明がつかない」と、憲法9条を引いて批判した。

 これらは、いかにも乱暴な議論だ。

 なるほど憲法9条第2項は「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」と規定している。

 しかしこれは、「前項の目的を達するため」とあるように、9条第1項のもとにおける話である。

 第1項は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」としている。
衆院予算委員会で答弁する安倍晋三首相=3月30日、国会・衆院第1委員室

 9条は、侵略戦争を否定するものであって、自衛戦争の遂行まで違憲とする条文ではない。自衛戦争のために陸海空軍を持つことを違憲と考えるのは間違っている。

 9条に関する「芦田修正」的な考え方を採らなくても、政府は、憲法前文が示す国民の平和的生存権や憲法13条が生命、自由および幸福追求に対する国民の権利を認めており、自衛戦争を戦うことがあり得るとの立場をとっている。

 いずれにせよ、日本における自衛戦争のための武力組織が自衛隊であることから、組織名は「自衛隊」であっても、それを通称として軍隊と呼んでも何ら差し支えはないはずだ。

 にもかかわらず、自衛隊を軍隊と呼ぶことを忌避するのは、軍隊がなければ安全をまっとうできない国際社会の厳しい現実から目をそむけがちな戦後政治の過ちを、繰り返すことになる。

 おかしな批判に嫌気がさしたのだろう、国会で首相は「わが軍」発言は問題ないと強調しながらも、「そういう言葉は使わない」と表明してしまった。事実に反してまで平気で言葉狩りをすることがある日本の悪癖の犠牲になった格好だが、首相には踏みとどまってほしかった。

 3月30日の衆院予算委員会で首相は「私が『わが軍』と言ったことは全く問題がないと今でも思っていることは、繰り返し申し上げておきます」と強調した。しかしそのうえで、「あまり意味のない議論をここで散々やり返すのは、もうやめようじゃありませんか。そういうことではなくて、安全保障の政策について私はもっと議論すべきだと、このように思います。(略)こうした答弁によっていちいち大切な予算委員会の時間がこんなに使われるのであれば、それはいちいちそういう言葉は私は使わないが、ただそれを使ったからそれがどうこういうものではない」と語った。

 首相のいらだちはわかるが、自衛隊が軍隊かどうか、軍隊と呼んでよいかどうかは、決して「あまり意味のない議論」ではない。

 その後、安倍内閣は4月3日になって、自衛隊を「わが軍」と呼んだ首相の国会答弁をめぐって、「国際法上、一般的には(自衛隊は)軍隊として取り扱われるものと考える。菅(義偉)長官(が記者会見で「問題ない」と表明したのは)は従来の政府の考え方を述べたものと承知している」とする答弁書を、閣議決定した。これは、維新の党の今井雅人衆院議員の質問主意書に答えたものだ。

 この答弁書にある通り、日本政府は自衛隊を軍隊だと位置づけている。武力行使はどの国でも、国際法にのっとって行われるものだから自衛隊が軍隊であると明言したのと同じなのだ。

 世界各国も自衛隊をそのようにとらえ、遇している。

 今年3月には、世界各国の軍隊の制服組トップが集まって国連平和維持活動(PKO)について意見交換する「国連PKO参謀長会議」が国連本部で開かれた。日本からは、陸上自衛隊トップの岩田清文陸上幕僚長が参加している。

 要するに、日本の軍隊の名称が「自衛隊」であることを意味する。自衛隊を通称として「わが軍」と呼ぶことを否定するのは、はっきり言っておかしいのである。