[WEDGE REPORT]トヨタが先導 水素立国なるか日本

Wedge編集部

 年初、トヨタ自動車は同社が単独で保有する約5680件の燃料電池関連の特許の実施権を無償で提供すると発表した。迫る環境規制や“新参者”の台頭がトヨタに「危機感」をもたらし、燃料電池車普及に向けたトヨタの「本気」を感じた各企業が、取り組みを加速させている。

 2014年11月18日、トヨタ自動車は水素を酸素と化学反応させることで電気を発して走行する燃料電池車(FCV)「MIRAI」を、12月15日から発売することを発表した。前日には本田技研工業(Honda)も、FCVのコンセプトカー「Honda FCV CONCEPT」を発表するなど、水素を次世代のエネルギーとした社会に向け、自動車メーカーが動きを活発化させている。

 トヨタはなぜこのタイミングでFCVを他社に先駆けて発売するのか。裏には政府との思惑、そしてトヨタ自身が感じる危機感が透けてみえる。

 トヨタは、14年5月まで、FCVの発売を最速でも「15年内」と発表していた。突如発売を14年度内に早めた理由、それは15年度予算編成のタイミングにあわせたのではないかという推測がはたらく。

 通年、各省庁が財務省への概算要求案を作成するのは6月、各省庁の概算要求を受けて財務省が予算案を作成し閣議提出するのは12月だ。「MIRAI」についても、14年度内に発売することを発表したのは6月、実際の発売開始は12月である。

 資源エネルギー庁燃料電池室で室長補佐を務める日原正視氏も「ちょうど各省庁が予算原案を考えているときに合わせて、トヨタが14年度内にFCVを発売するとの情報があった」と語る。

 結果、経済産業省は8月に提出した15年度予算の概算要求で「水素社会実現に向けた取組強化」として401億円を要求。水素ステーション整備にかかる費用については「2014年度内の燃料電池車の市場投入を踏まえ」て38億円増の110億円を要求するなど、水素関連予算は14年度予算より総額で236億円増額の要求となった。

 4月に閣議決定されたエネルギー基本計画で、「水素社会の実現に向けたロードマップの策定」と初めて記載され、6月23日には経産省が「水素・燃料電池戦略ロードマップ」、24日に政府が「日本再興戦略」改訂2014、そして25日にトヨタが14年度内のFCV発売を発表した。政府とトヨタの動きは表裏一体に見える。

トヨタが感じる2つの危機感


 そもそもトヨタがインフラも法整備も整わない中で、15年内にFCVを発売しようとしていたのは、迫り来る「2つの危機」を敏感に感じ取り、各方面に「トヨタの本気」を見せつけ、水素社会への取り組みを加速させたかったことがあるとみられる。

 1つめの危機は、米カリフォルニア州におけるZEV(Zero Emission Vehicle)規制の強化だ。ZEVとは、排出ガスを一切出さない電気自動車(EV)や燃料電池車を意味し、現状ではプラグインハイブリッド車やハイブリッド車も含まれている。05年以降、カリフォルニア州内で一定台数以上の自動車を販売するメーカーは、その販売台数の一定比率をZEVにしなければならないと定められた。このZEV規制はニューヨーク州やマサチューセッツ州でも取り入れられており、北米市場で新車を販売する各自動車メーカーにとって無視できない規制だ。

 ZEVの比率を一定以上達成できなかった自動車メーカーは、米国カリフォルニア州大気資源局(CARB)に罰金を支払うか、または他社が持つ「クレジット」を購入しなければならない。クレジットは、一定比率を超過して達成したメーカーが持つ「排出枠」を指す。

 このZEV規制において18年モデル以降、これまでZEVに含めていたハイブリッド車が含まれないことになる。日産自動車の「LEAF」のように主力となるEVを持たず、クレジットを獲得できるのがプラグインハイブリッドのみとなるトヨタは、14年12月6日付日本経済新聞にもある通り、規制の強化をにらんで、規制の枠内であるFCVの発売を行う。

 2つめの危機は、自動車業界における“新参者”の台頭だ。現在、米電気自動車メーカーのテスラモーターズなど、既存の自動車メーカーではない“新参者”が、長らく自動車メーカーの庭であった北米市場で存在感を放っている。すり合わせ技術の最高峰であり、鉄板1つ成形することもこだわってきた既存の自動車メーカーは、突如現れた“新参者”に驚きを隠せない。
 REUTERS/AFLO
米テスラモーターズは北米で存在感を増している (REUTERS/AFLO)
 そうした新たな脅威にトヨタはいち早く対抗策を打ったと言える。電子・電気工学の結晶ともいえるFCV技術は、自動車産業への“新参者”の参入を阻む大きな壁になることができるからだ。家庭用燃料電池(エネファーム)の普及に向けて、資源エネルギー庁で燃料電池推進室長として指揮をとった経験のある、経済産業省の安藤晴彦通商交渉官も、テスラが製造しているEVに使用する蓄電池技術も容易に参入できるものではないことを断ったうえで「確かにテスラモーターズの脅威はあるし、EVに比べFCVの参入障壁が高いことは事実だ」と語る。

 「トヨタの本気」は、他の企業の背中を押した。「鶏が先か卵が先か」─インフラが先か燃料電池車の普及が先かという、延々と続けられてきた水かけ論を終わらせたといえる。

 FCVの燃料となる水素を供給する水素ステーションの整備については、JX日鉱日石エネルギー、岩谷産業などのエネルギー事業者10社が、15年度内に水素ステーションを国内に100カ所整備することを発表している。現在設置を予定している水素ステーションは42カ所(14年12月1日現在、次世代自動車振興センター補助金交付決定数)であるが、4大都市圏を中心にFCV利用者が15分~20分で“給油”できるよう整備が進んでいる。

 水素自体の販売価格については14年1月14日、岩谷産業が自社商用水素ステーションでの販売価格を1100円/kg(100円/N㎥)とすると発表した。これは「(FCVと)同車格のハイブリッド車の燃料代と同等となる水素価格」だという。トヨタも岩谷産業も、コスト積み上げではない、赤字前提の価格設定で消費者に働きかけている。

 しかし、仮に車とステーションが整ったとしても、簡単には成立しないがのが水素社会だ。ネックになるのは水素の調達である。この上流を手掛ける代表的企業は川崎重工業と千代田化工建設だ。

水素調達=結局輸入


 川崎重工業は培ってきた技術を用いて水素サプライチェーンの構築を提案している。オーストラリア南端にあるラトロブバレー地区で産出する褐炭をプラントにて水素に改質し、マイナス253℃まで冷却することで液化して貯蔵、その後、液化水素運搬船にて日本に輸送してくるというものだ。
 褐炭は石炭の一種だが、これまでは水分量が多いことによる輸送効率の悪さ、自然発火性が高いことによる貯蔵・輸送の難しさから、産出国は採掘した現場で火力発電等に使用するしかなかった。川崎重工は一連のサプライチェーン構築に対し、自社のプラント技術や液化水素運搬船を売り込みたい考えである。

 しかし、化石燃料である褐炭を水素に改質する際には、結局CO2が発生してしまう。発生するCO2について川崎重工の西村元彦水素プロジェクト部長は「CCS(二酸化炭素回収・貯留技術)にてCO2フリーにする」と話す。しかしCCSは、CO2の注入技術は確立しているものの、CO2が漏れ出していないかを継続して監視する方法や主体、費用等の課題も残っている。

 千代田化工建設は独自技術「SPERA水素」で名乗りを上げる。「SPERA水素」の特徴は、水素をトルエンに固定し、メチルシクロヘキサンという液体に変えて常温常圧で水素を輸送できることだ。つまり、現状のガソリン等に用いているエネルギーインフラをそのまま活用できるという強みがある。

 従前の技術では輸送した後、固定した水素を再び分離させるのが難しかったのだが、千代田化工建設は分離に有効な触媒の開発に成功した。分離には約400℃の熱を用いる必要があることが弱みであるが、追加のエネルギーを使用しないためにも、元々余剰エネルギーを持つ発電所とセットにした使用が見込まれる。

 水素は、石油や石炭のように自然界にすぐに使える形で存在しない。その調達は、結局、資源国の化石燃料に頼らざるを得ないのだ。

 電機業界が沈んだ今、日本の製造業の未来は、自動車産業にかかっている。部品点数が大幅に減るEVでは、日本が強みとするすり合わせ型ものづくりは維持できない。FCVへの期待感は高まるが、世界はついてくるだろうか。

 世界の主流は化石燃料であり、消費者にとって「水素は化石燃料より安い」などの明確なメリットがなければ普及は難しい。しかし現状のFCVや水素価格には、化石燃料を中心とした社会に優る明確なメリットは見つけられない。エネルギーを使う消費者や企業が、半ば強制的に水素を使用する状況にならなければ普及は難しいといえる。

 前出の日原氏も「CO2排出量が規制されるなど、強制力が働かない限りは、FCVや水素インフラの普及について、現状ではなんとも言えない」と苦しい表情を覗かせる。

 水素に取り組む企業の関係者は、大義は「エネルギー安全保障」と口を揃える。電気やガソリンに依存する二次エネルギー構造や、中東依存度の高い石油資源からの多様化を図るというものだが、既にある送配電網やガソリン供給網に代わる、水素供給ネットワークを構築するには巨額の資金が要る。製造、運搬、貯蔵、利活用すべての局面で、コストを下げる技術革新が必要だ。道のりは長い。