当日、ランチで聞いた内実


 番組プロデューサーの許諾を得ず、持参した“I AM NOT ABE”というフリップをやおら、手に持ちながら番組降板のてん末について語った古賀茂明氏。3月27日放送の報道ステーション(テレビ朝日系)出演最後に登場した古賀さんは古舘氏の制止を意に介さず持論を話し続けた。安倍首相を批判する古賀さんに対して首相官邸筋から陰に陽に圧力がかかった、と主張する古賀さんに対して古舘氏はあわてて、発言を遮ろうとした。

 “生本番バトル”はネットやツイッターなどで場外乱闘となった。といっても、大方、古賀支持だが。著名なジャーナリストがテレビで「古賀さんはやり過ぎ」と批判していたが、果たしてそうだろうか。
古舘伊知郎キャスター(左)と古賀茂明氏

 実は、生バトルの放送日、3月27日の昼、私は都内某所で複数の人と古賀さんとのランチを共にし、「報道ステーション」の内実などを聞いた。安倍政権の圧力をものともせず番組を制作してきたプロデューサーを古賀さんは高く評価していた。そこで古賀さんはこう言った。「タブーは原発問題です」と。

 元経済産業省の官僚だった古賀さんは退職後、執拗に原発と電力会社、政府を批判してきた。権力にとって古賀さんは限りなく邪魔な存在だった。古賀さんへの嫌がらせ・恫喝などがかなり頻繁にあったという。自宅玄関前に動物の死骸が置かれていたともいう。随分と悪質ではないか。いつものテレビでの淡々とした語り口と変わらないから余り堪えていないかに見えるのだが、良く考えてみれば酷い話だ。古賀さんの自宅前にはセキュリティーのための警察官が詰めているそうだ。経済アナリストの植草一秀氏の痴漢冤罪事件ではないが出来るだけ電車を利用しないほうが得策だ。“痴漢容疑”というワナにだけははまらないよう、くれぐれも気をつけていただきたい。

パロディーに古賀氏は神妙


 2月9日参議院議員会館と25日外国特派員協会で、古賀さんをはじめ憲法学者の小林節氏、作家の雨宮処凛氏、ジャーナリストの今井一氏らとともにとで「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」と題して記者会見を開いた。私も呼びかけ人の一人として参加した。声明の趣旨は《権力側の「圧力」が顕在化するケースが少なくなく、メディアや言論人らの「自粛」が進んでいることに大きな危惧を覚える》、というもの。声明を発表した事務局には言論人ら2500名、一般人2500名、合計5000名を超える賛同の署名が寄せられている。

 私は言論弾圧のパロディーを作って特派員協会で公開した。それは、オレンジ色の囚人服を着せられ、口に布テープの猿ぐつわを付けられている古賀さんが「批評の自由 I am Koga」と書かれたフリップを持ち、その横に黒装束の男が今にも処刑せん、とするもの。顔は出さないが、袖口にABEの名があるから正体は安倍首相であることは誰にも分かる。初めて会場でこの作品を目にした古賀さんはにわかには笑みを浮かべず、複雑な表情を見せた。作品を手にした写真を撮ろうとした記者に古賀さんは静かに断ったらしい。安倍首相からのクレームを気にしたのではなく、その場の雰囲気から“茶化し”は不似合いと考えたのだと思う。

 古賀さんの“降板騒動”はテレビの裏で言論弾圧が行なわれていることを多くの人々に想像させた。メディアから今後、声がかからないことを覚悟の上の勇気あるパフォーマンスを私たちはどう受け止めるべきか。

 原発事故一周年の2012年3月11日に福島の現地から放送された特番「報道ステーションSUNDAY」での古舘氏のメッセージは傾聴に値するものだった。

 原子力ムラという村が存在します。都会はここと違って、まばゆいばかりの光にあふれています。そして、もう一つ考えることは、地域で主な産業では、なかなか暮らすのは難しいというときに、その地域を分断してまでも、積極的に原発を誘致した、そういう部分があったとも考えています。その根本を徹底的に議論しなくてはいけないのではないでしょうか。私はそれを強く感じます。そうしないと、今、生活の場を根こそぎ奪われてしまった福島の方々に申し訳が立ちません。私は日々の報道ステーションのなかでそれを追及しています。もし圧力がかかって番組を切られても、それは本望です。


 なかなか、勇ましいコメントではないか。しかし、古舘氏は番組存続のため「古賀降板」を受け入れた。「古舘・報道ステーション」が安倍政権の軍門に下るとするなら、もはや「生バトル」も想い出遠い存在になりそうだ。