加藤達也(産経新聞 前ソウル支局長)

 12月号に私の手記が掲載されたのち、読者の皆さんから少なからず反響があったと聞きました。私は相変わらず韓国政府に出国を禁じられており、日本に戻ることが許されない日々を送っています。掲載された正論の手記に対する反響をここ韓国で直接耳にする機会はあまりないのですが、東京の本社には電話やメールなどで激励が数多く寄せられていると聞きました。本当に有り難いです。

 まだ、経緯をご存じない方のために今一度、私の身に降りかかった出来事を振り返っておきます。昨年4月にセウォル号事故が起こったさい、私は産経新聞社のインターネットサイトにコラムを出稿しました。

 それは、事故直後、朴槿惠大統領が何をしていたのかについて焦点を充てたコラムで、韓国紙「朝鮮日報」のコラムなどを引用しながら、ソウルで飛び交っている観測や分析などをレポートしたものでした。

 このなかには朴大統領よりも3歳年下で、彼女が国会議員だった当時に秘書室長として尽くしていた男性、鄭允会氏との密会疑惑も含まれています。鄭氏をめぐっては、今も大統領に対する隠然とした影響力があるのではないか――などとも言われ、「青瓦台の陰の実力者」などとも評されている人物です。

 ところがこれが青瓦台の逆鱗に触れたらしい。詳しくは12月号を読んでほしいと思いますが、大統領が誰に会って何をしていたのかといったことをメディアが問題提起する。これは民主主義国では当たり前の光景です。

 それに私が引用した・本家・朝鮮日報には全くお咎めがありませんでした。引用した産経の記事だけが問題にされ、刑事責任を問われ、引用元を不問に付すのは公正さに欠けています。

 私の起訴事実はインターネット上で虚偽事実を流して第三者の名誉を毀損したという罪ですが、そもそも大統領に不都合だからといって記事を執筆した記者の刑事責任が問われてしまうことなど真っ当に民主主義を掲げ言論の自由を保障する国ではあり得ない話です。政権としての度量や器量が問われる重大な問題です。

公判を揺るがしかねないニュース


ソウル中央検察に出頭した朴槿恵大統領の元側近の鄭ユンフェ氏=2014年12月10日、ソウル(共同)
 私は11月27日に裁判に臨みました。前回の手記は起訴された直後に書いたもので、私はそれ以降、公判に向けた準備を進めてきました。特に検察による開示資料には時間を掛けて丁寧に目を通しました。

 ところで私がコラムで朴大統領と密会していたのではないかと疑惑を報じた人物、鄭氏をめぐって事実上の初公判の直前に新たなニュースが報じられました。韓国紙、世界日報によると鄭氏は一昨年末から青瓦台内の大統領側近らと頻繁に会って、政権内の実力者とされる大統領秘書室長の辞任説を広めるよう指示するなど、政権内部の人事に介入していたという話でした。

 鄭氏らは一昨年10月から毎月2回の割合で会合を重ねていたとも報じられています。世界日報のニュースソースは青瓦台で行われた内部調査をとりまとめた報告書でした。世界日報は独自にこれを入手、報告書の記述に依拠して報道したのでした。

 鄭氏はこれまで、朴大統領と全く関係がない、と強調してきました。陰の実力者などと言われているけれどもそんなことはない、青瓦台とも全く無関係である、と主張してきた。

 一方の青瓦台もそうです。鄭氏と会ったことはもちろん、電話したことすらない、としてきた。彼を一貫して遠ざけ、その関係を全面否定してきたのです。検察が私のコラムがデタラメだという結論を導くうえでも有力な支えとなっていたのです。

 ところが、その彼が青瓦台と密接な関係にあったと報じられた。報道の波紋は大きかった。まず大統領を除く青瓦台の職員8人が世界日報の記者や編集幹部ら6人を名誉毀損の罪で刑事告訴する事態に発展したのです。

 報告書には青瓦台内部の権力闘争についてあれこれ記しているが、その記述は必ずしも正しい事実ではない、というのが青瓦台側の主張です。青瓦台はあくまでも飛び交っている噂話を噂として集めたに過ぎない。飛び交っている噂について噂として部内で検討する必要があるから報告を集めたのであって真偽は確定していない。報告書の記述に依拠している世界日報の記事は事実ではなく、虚偽である、だから名誉毀損が成り立つ――というのです。

 一方で検察はこの文書が流出したことを問題視して捜査を始めました。この文書は青瓦台で作成され、文書番号もある公文書であって、これが勝手に外部に流出したことが犯罪に該当するというわけです。

 名誉毀損による刑事告訴の一件は私の事件捜査を担当したソウル中央地方検察庁刑事一部が担当しています。一方、文書流出の件は――日本の検察でいえば、特捜部にあたる――同地検特殊捜査部が捜査を始めており、すでに文書を作成、とりまとめた人物の家宅捜索と事情聴取に乗り出しています。

 この人物は、韓国の警察庁の官僚で、当時青瓦台に出向、現在は警察庁に戻っています。また、この人物の青瓦台当時の上司の元青瓦台秘書官は「報告書にとりまとめた記述の6割は真実である」旨証言し、青瓦台の立場とは真っ向から対立する形になっています。