宮田一雄(産経新聞特別記者)

 極めて致死性の高い感染症の流行は、医療と人権、さらには社会や国家のあり方を含め、様々な倫理的課題への対応を迫ることになる。西アフリカにおけるエボラの流行はまさにそうした現象でもあった。途上国における危機的状況に先進諸国や国際機関はどう対応するのか、隔離や移動制限といった強制的な措置を伴う公衆衛生対策はどこまで認められるか、だれがどのような治療を受けるのか、それを決めるのは誰か…。米国では昨年秋、国内でエボラの流行が拡大することへの恐怖と不安のあまり、西アフリカからの帰国者、入国者に必要以上の行動の制限を求める声が高まるなど、大きな社会的な動揺が見られた。ただし、そうした混乱からの立ち直りも早く、生命倫理問題研究に関する大統領諮問委員会(生命倫理委員会)が2月26日、大統領宛の報告書『エボラと倫理的課題:保健計画の策定および対応』(ETHICS and EBORA Public Health Planning and Response)を発表している。

 生命倫理委員会の公式サイトによると、この委員会は《思慮に富む専門家による独立の委員会》であり、《米国の科学研究、医療提供、技術革新が社会的、倫理的な責任を満たすかたちで進められるよう、必要な政策の策定とその遂行について》検討し、大統領および政府に提言を行っている。
(注)委員会の公式サイト(英文)はこちら

 報告書によると、委員会は「最近の西アフリカにおけるエボラの流行、とりわけその流行に対する米国の対応」に焦点をあて、「将来の公衆衛生上の緊急事態に備えた計画の策定および対応能力の充実・強化をはかるには、リーダーシップ、透明性、すべてのレベルにおける公衆衛生面での意思決定に倫理的判断を反映させることなど、大きな課題の改善がいくつか、差し迫って必要なことを強調した」としている。

 また、この報告書をまとめるにあたり「2度の公聴会を開催し、臨床・公衆衛生・医学研究、米国とアフリカの保健専門家、米国内の西アフリカ出身者コミュニティの指導者、エボラ対策に関与した人たちなど、さまざまな分野の専門家の意見を聴いた」という。
(注)引用部分はHATプロジェクトのブログ《『エボラと倫理的課題:保健計画の策定および対応』から1 大統領宛書簡 》の日本語仮訳を参照

 7項目の勧告については、別項で要約版を紹介したので、そちらも併せてご覧いただきたい。勧告1では、米国が今回のような公衆衛生上の危機に対して積極的に対応することは、倫理的にも国益を守る観点からも必要だとしている。遠い他国の危機であっても、自国にその影響が及ぶことは免れない。無関心を通すことはできない。この点は日本も変わらないだろう。

 勧告3はマスメディアにも大いに関係のある内容だ。保健分野のコミュニケーションを改善するよう求め、(1)健康を守るための情報を誰もが理解できるかたちで伝え、(2)対策に影響を受ける人への配慮と理解を広げ、(3)差別や偏見を防ぐこと―をその目的としてあげている。

 勧告5では、政府および保健機関に対し、公衆衛生対策として個人やコミュニティの行動や自由を制限する必要がある場合には、入手可能な最善の科学的エビデンスに基づき、制限を必要最小限に抑えた手段を採用するよう求めている。

 今回の流行では、致死性の高い病気に苦しむ人を対象にした実験薬の使用を認めるべきか否かという議論が起き、緊急の治療のためにまだ臨床試験の終わっていない薬を治療目的で使うことが容認されてきた。50%前後の高い致死率を考えればやむを得ないという結論だったが、承認に必要なデータはきちんと取れるようなかたちで使用することが条件の一つとなっていた。勧告6はこうした議論を引き継ぐかたちで、治療提供の際、プラセボ(偽薬)を投与する対照群を設定し、治療薬を投与した群の患者と比較して薬の効果を確認することは妥当かどうかが検討された。勧告ではプラセボ使用を容認している印象だが、致死率が50%もあるような病気の場合、偽薬を患者に投与することには反対論も強い。今後も議論が続くことになるだろう。