奥村信哉(産経新聞運動部記者)

「これほど愚かな競技団体はない」


JPBLの設立を発表し、あいさつする川淵三郎チェアマン=4月3日
 日本のバスケットボール改革を主導する特別チームのトップを託されたのが、Jリーグ初代チェアマンで日本サッカー協会最高顧問の川淵三郎氏だ。「サッカーだけよければいいとは思っていない。こういうことをきっかけにバスケットボール界を発展させたい」。78歳となった今もなお、Jリーグ創設時にみせた豪腕を異業種で存分に振るっている。

 「これほど愚かな競技団体はない。なんでこんなもったいないことをしているのか」。3月15日、各都道府県協会の幹部が集まった勉強会で、顔を赤らめた川淵氏はそう声を張り上げた。バスケットは野球、サッカーに次ぐ競技人口を誇りながら、男子日本代表の成績低迷やリーグ分裂の影響で、メディアの扱いが小さい。川淵氏は競技人口の少ないカーリングの方がテレビ中継や報道量が圧倒的に多い現状を引き合いに「あらゆるスポーツは五輪に出ることで国民全体の支援を受けている」とも主張。男子代表が五輪から約40年も遠ざかっている現状の打破を訴えた。

 バスケットに大きく関わるようになったのは昨年4月、元代表監督の小浜元孝氏にリーグ統一への協力を依頼されたことがきっかけ。当時の調整は不調に終わったが、FIBAのバウマン事務総長から打診を受け、特別チームのチェアマンに就任した。

 「これは“外圧”じゃない。本当に人気のあるプロリーグを作り、強い代表チームを作っていこうということ。大きく発展するチャンスととらえないと」。魅力あるリーグ作りのため、1部参入の条件として5000人収容のホームアリーナ確保を提示。たとえ戦力的に充実していようとも、プロの興業にふさわしい環境を整えられなければ、1部入りは認めないという立場だ。この姿勢はJリーグ発足時の10クラブを決める際、サッカー専用スタジアムを確保した点を評価し、旧日本リーグ2部から唯一、鹿島を抜擢した当時と重なる。鹿島がその後、最多タイトル数を誇る強豪に成長した事実も、川淵氏の揺るぎない信念につながっている。

 一方でJリーグでは原則排除した企業名のチーム名への盛り込みを認めるなど、柔軟な姿勢も打ち出している。「今までの軋轢を超えて、すべてがいい方向に変わってくれれば」と川淵氏。Jリーグ発足を契機に5大会連続でW杯へ代表を送り込むようになったサッカー同様の発展を願っている。