佐野慎輔(産経新聞特別記者兼論説委員)

 混乱が続いていたバスケットボール界で、問題解決のための特別チームの座長(チェアマン)に日本サッカー協会最高顧問の川淵三郎さんが就任したとき、「やれやれ」と思った。

bjリーグのチーム代表者との会合で演説する川淵三郎チェアマン=2月12日、東京・浜松町
 揶揄するわけではない。バスケットボール界に人材はいないのか。日本のスポーツ界で、組織改革の大なたを振るえるのは川淵さんしかいないのか。そんな思いの「やれやれ」だ。

 実際、川淵さんは日本バスケットボール協会(JBA)役員が何年かかってもなし得なかった国内男子のナショナルリーグ(NBL)とプロリーグのTKbjリーグの統合に、わずか3カ月あまりで道筋をつけた。

 強引とも思える手法に反発する向きもあったが、改めて川淵さんの突破力の凄さを味わった。プロサッカーのJリーグを創設し、育て、定着させた手腕は確かに余人をもって代え難い。

 一方で、JBAの役員たちの統治能力(ガバナンス)と当事者意識の欠如には言葉もでない。

 リーグ統一をめぐる内輪もめは10年も続いた。誰も火中の栗を拾おうとしないまま、国際バスケットボール連盟(FIBA)から国際試合の出場資格停止処分をうけた。もう後のない危機である。

記者会見で辞任を表明する
日本バスケットボール協会の
深津泰彦会長=2014年10月23日
 普通ならここで何とかしなければと組織を挙げて行動する。ところが、「何度話し合っても解決に至らない」と自浄努力すら放棄し、文部科学省やFIBAに下駄を預けてしまった。

 いったい、何のための役員なのか。日本選手権の開閉会式で椅子にふんぞり返っていることが役目だと考えているのか。

 FIBAにしても、川淵さんにしても、バスケットボール界からみれば黒船であり、外からの人である。彼らの出現によって取りあえず事態は収まり、新たな統一リーグが来年10月にも発足する。

 5月中旬のJBA理事会で選定される新たな会長には川淵さんが就き、改革の中核として新設される事務総長にJリーグ常務理事の大河正明氏が就任することも内定した。組織固めに強力なリーダーを求めるFIBAからの強い要請が背景にあった。

 新組織を軌道に乗せるには、組織運営に長けた人材が必要である。大河氏は都市銀行出身、Jリーグ常務理事ではクラブ財政健全化のための制度導入や資金調達に辣腕をふるった人物であり、組織改革にはうってつけだ。徹底して組織を変え新しく出発する必要がある。

 だが、そうは受け止めていないバスケットボール関係者も多く、危機が去ったのだから黒船も去るべきだと思っているふしがある。地方組織役員からは「バスケットボールに愛情のない者には協力できない」といった声も聞かれた。

 サッカー界の軍門に下った。そんな悔しさがにじみ出た談話なのかもしれないが、落ち着いて考えてみてほしい。自分たちでは解決できなかった問題に答えを出し、解決に向けた道筋を整えてくれた人材に拒否反応を示す。だだをこねる子どものようではないか。

「善意」の危うさ


 バスケットボールに限らず、日本のスポーツ界には良識をもった役員が多くいる。そのことはよく承知しているが、それでもなお誤解を恐れずに指摘しておきたい。

 「我こそがこの競技を一番理解し、普及に努めている」。日本のスポーツ組織では、そう豪語する人をしばしば見かける。外部人材登用に異論を示したバスケットボールの地方組織役員はその典型かもしれない。

 自負することは結構である。何よりスポーツを、その競技を愛している事実はあるだろう。だが、一方で豪語する人に限って何か起きたときに責任をとらない、とりたがらない事例をしばしば目撃する。

 JBA騒動でも顕著なように、当事者意識が欠如している人が多いことには驚かされる。組織論的にいえば、「善意の人」によって担われていることが実は問題なのではないか。仕事が休みの日、ほんとうなら家で身体を休ませていたいときもある。ゴルフなど好きな趣味で過ごしたいとき、家族と団欒を楽しみたいときもあるだろう。

 しかし、休日には関わっている競技団体主催の試合がある。組織を挙げたイベントも催される。平日でも絶対に欠席してはならない会議が少なくない。休みたくても組織のために競技会場へ、会議場へと足を運ぶ。交通費はでるが、ほとんどは手弁当。善意の人でなければとても務まらない。

 だが、善意のボランティアなら責任はないのか、決してそうではないはずだ。

 問題に深く斬り込むことを避けたがる。不都合が起きても誰かを追及などしない。むしろ前例を踏襲し、争いをさける。ことに責任論が起きそうな問題は先送りし、できれば避けて通ろうとする。

 役員同士、口角泡を飛ばして議論し、責任を追及するよりも、当たり障りのないところで仲良く共存することを尊ぶ。仕事ではなくボランティアだから、そんなに無理しなくてもと考えているように思えてならない。

 ある競技団体にビジネスでの手腕をかわれて登用された役員がいた。「組織の活性化」を期待されたが、執行部入りすると「スポーツ組織なのだからビジネスの話をしても」とその手腕を封印してしまった。ビジネス手腕を揮うと誰かが傷つく、親睦にはなじまないという理屈だ。結局、組織は変わらなかった。