水島宏明(法大社会学部教授)

 週刊文春が報じているNHKの『クローズアップ現代』の「追跡“出家詐欺” ~狙われる宗教法人~」での”やらせ・ねつ造”疑惑。

 NHKは9日午前、調査委員会による「中間報告」を発表した。

 普通、「中間報告」というものは、あくまで最終的なものではないが、多くの調査委員会の「中間報告」は「最終報告」の方向性にきわめて近いのが通常だ。

 そういう目で、この報告書を見てみる。

 くわしくは全文を読んでほしい。

NHKの報道番組「クローズアップ現代」で、いわゆる「やらせ」が指摘された問題で、同局は9日、調査委員会の中間報告を公表した。取材・制作を担当した職員11人と外部スタッフ3人から聞き取りをしたり、インタビュー素材や取材メモ等の資料を調べたりして事実関係をまとめた内容で、関係者の話が食い違う点などについては、「さらに事実関係を明らかにするための調査を進める」としている。全文は次のとおり。


 そうすると、この調査委員会が、いわゆる”やらせ疑惑”についての調査の結論を、「記者が直接、演技を頼んだ事実がないと言っている」「記者が活動拠点だと信じるに足りる理由があったと言っている」「相手をブローカーだと信じるに足りる理由があった」などとして、幕引きをはかろうとしているのではないかと疑わしくなってくる。

 取材した記者、と取材を受けた当事者の一人(番組内で「出家を斡旋するブローカー」として紹介されたA氏)との話が「大きく食い違っている」ことを認めた上で、これまでの「検証ポイント」が列記されている。

4月9日にNHKが発表した「クローズアップ現代」報道に関する中間報告
 まだ「中間報告」にざっと目を通した段階だが、どうも「やらせ」「捏造」と言われるのを避けようという意図が文面からありありと感じられる。なんだか、報道現場の取材をよく知っている人物がかかわった文章とは思えず、弁護士の作文にしか見えないのだ。

 通常、こうした報告書では何をもって「やらせ」や「捏造」かを”定義”するところから始まるのがこれまでのテレビ界での調査報告では行なわれてきたことだ。

 ところがNHKの中間報告には、そうした”定義”がいっさいない。

 「検証ポイント」では、

●記者は演技の依頼をしたか

 という項目があり、「ブローカー」として登場したA氏は「演じるよう依頼された」と言っていることは中間報告も認めている。

 この点については、記者は「演技の依頼はしていない」とし、番組内で「多重債務者」として紹介されたB氏(記者とは8、9年前からの知り合いだと中間報告にも書いてある)も「記者が演技の依頼をしたことはない」と話しているという。

 中間報告では、「A氏の話と、記者及びB氏の話は大きく食い違っている」として、このポイントの結論にしている。

 「やらせ」の定義が明記されていないことを考え合わせると、まるで、「演技の依頼」がなければ「やらせ」ではない、と言わんとしているのではないか、と推測する。

 もちろん、「演技の依頼」をしていれば、「やらせ」だった、と明確に言えるのは子どもでもわかる理屈だ。

 でも実際の「やらせ」はそれほど絵に描いたようには行なわれないのも実際だ。

 この記述には、テレビ報道の取材が長かった私には大きな違和感がある。

 記者本人ではなくても、記者と長いつき合いであるB氏がA氏に「演技の依頼」をした事実はないのか、あるいは、明示した言葉の上での「演技の依頼」がなくても「あうんの呼吸」での依頼がなかったのか、B氏が長いつきあいである記者と口裏を合わせる可能性はないのか、など、本来ならば検証するべきポイントが書かれていないからである。中間報告にも書いていないのであれば、ここは調査するつもりがないのかもしれない。

 さらに、「検証のポイント」として、

●撮影場所は「活動拠点であったか」

 が挙げられている。

 ブローカーの「活動拠点」で、「ブローカー」として登場したA氏と「多重債務者」として登場したB氏が「相談」している場面が番組には出てくる。

 しかし、A氏はこの場所について、週刊文春の取材に自分は与り知らない場所だと答えている。

 この中間報告では、記者がB氏を通じてこの場所を「活動拠点」だと思った、ということが確認され、「相談場所の設定に記者の関与は認められないが、(ナレーションで)『活動拠点』とコメントしたことは誤りであり、裏付けが不十分であった」とだけ記されている。

 記者が仮に知らなかったとしても、「活動拠点」でない場所を「活動拠点」として報道してしまったら、それは「誤報」である。訂正しなければならないのが通常だ。また、B氏がこの場所をアレンジしたとしても、B氏にまかせてしまった時点で、この記者の資質は、事実を伝える職業人として欠けていることが明らかだと言わねばならない。B氏に「捏造」の意図があったとしても、それを確認することなく、そのまま撮影してしまったなら、「捏造」の報道をしてしまったことに変わりはない。

 このほか、検証のポイントは、

●A氏を「ブローカー」として伝えたことについて

 A氏本人は放送の後で「自分はブローカーではない」否定しているが、記者はA氏を「ブローカーに間違いないと思った」と調査委員会に答えている。ここでの結論は「記者の認識とA氏の主張は大きく食い違っている」。

その他、

●B氏が多重債務者であるのは事実か

 についてB氏について、NHKの職員弁護士が点検したところ、「多重債務者」といえる、という結論だった。

 だが、今回の「中間報告」は肝心なところでの検証や認識が甘い!

●指摘された場面の構成について

 番組内での「ブローカー」A氏と「多重債務者」B氏の”相談”の場面について、実際の記者の取材プロセスの順番や構成と、放送された番組での順番や構成が違っていたことから、「中間報告」では「構成が適切さを欠いていなかったか」「選出が過剰ではなかったか」について、検証をさらに進める必要がある、としている。

 だが、ここの部分を「中間報告」はあっさり書いているが。本当は「やらせ」「捏造」の重大ポイントだ。

 記者は、番組内で相談が終わって去っていく返り際のB氏を走って追いかけて、「(出家詐欺に関与することは)犯罪につながる認識は?」と質問してインタビューしている。

 記者は「8、9年前から」B氏を知っていると言う。

 長年、知っている人に、まるで知らない人であるかのように直撃取材したように見せることを、報道現場では「やらせ」と言う。

 あるいは、仮にB氏が多重債務者であったとしても、本気で出家詐欺に関する相談をするために訪れていないのであれば、それはシーンの

 「やらせ」であり、「捏造」というものである。

 ところが「中間報告」は、肝心なこの場面については、「やらせ」などを疑わず、「構成の適切さ」「演出が過剰」についてのみ、検証する方向が読み取れる文章になっている。

 この場面の「検証」こそ、今回の”やらせ疑惑”の本丸のはずである。

 そうだとしたら、きわめて中途半端な「検証」をやっている、といわざるをえない。

 「中間報告」の1ページ目に書いてあるが、この場面の撮影は、「まずB氏がA氏に相談する場面」、続いてA氏のインタビュー、B氏のインタビューの順で撮影が行なわれた」と書かれている。

 だとすれば、記者が後を追いかけて直撃インタビューしたようにみえた場面では、実はB氏はA氏のインタビューが終わるのを待っていて、その終了後に「先を歩くB氏を記者とカメラマンが走って追いかけて撮影した」ことになる。

 こうした「構成」や「演出」は、マトモな報道番組ではありえない。

 常識的に考えて、明確な「やらせ」ではないか。

 なぜなら、こうした点に「ウソ」が混じってしまって明らかになると、視聴者がテレビ報道というものを信用してくれなくなるからだ。

 重大な放送倫理違反である。

 NHKには本当にお世辞ではなく、優秀な制作者や記者が多い。

 心ある現場の記者やディレクター、プロデューサーたちは、こうした点をきちんと理解しているはずだ。

 それなのに、なぜこのような、お粗末ともいえる「中間報告」が発表されてしまうのだろうか。

 おそらく、問題の1つは、A氏が弁護士をつけて、NHKに「放送での訂正」を求めてきたために、NHKとしての対応が「弁護士主導の対応」になってしまったせいではないか。

 現場取材の問題よりも、法律的に相手に勝つことや問題を矮小化しようとする「力学」が働いてしまっているような気がする。

 もう1つの問題が、籾井勝人会長がトップに座るなかで、ハイヤーの利用問題などその他の問題と合わせて、「政治問題」になってしまっているからだろう。

 テレビの報道現場にくわしい人間が読んだら、この中間報告の稚拙さは明らかだ。

 だが、このままの委員会による調査が進めば、この後の「最終報告」での結論は以下のようになるだろう。

 「A氏は『****』と主張したが、関係者のヒアリングをした結果は、記者とB氏の主張は『****』と大きく食い違っている。B氏と記者の主張は整合性が取れていることから、いわゆる『やらせ』には該当しない。ただ、一部で『不適切な取材や演出』があったことは反省し、再発防止に努めていく」

 今後の調査が、こうした調査報道の分野のテレビ取材の経験を豊富に持つ人間がかかわって行なわれることを願うばかりだ。

 実際、NHKという組織にはそうした人材が数多くいるのだから。