3月10日、世界保健機構(WHO)は、エボラ出血熱が世界的に拡大する怖れは少なくなったものの、依然として「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であるという見解を発表した。問題は、まだ長引きそうである。

 このような状況の中、2月26日、生命倫理問題に関する米大統領諮問委員会は、オバマ大統領宛の報告書『エボラと倫理的課題:保健計画の策定および対応』をとりまとめた。

 この中には7つの勧告が盛り込まれている。4つは倫理課題、3つは保健計画の策定に関するものだ。

 具体的には、米国政府は世界の感染対策に参加する責任があること、国際・国内・非政府機関と協力すること、WHOの能力を強化すること、教育とコミュニケーションを重視すること、検疫・移動制限を最小限にすること、研究を実施する際にはデザインを厳格に定めると同時に最良の対症療法を提供すること、インフォームドコンセントやプライバシーの保護に留意することが指摘されている。何れも、もっともなことである。

4月15日、ホワイトハウスで会談する(右から)ギニアのコンデ大統領、オバマ米大統領、リベリアのサーリーフ大統領、シエラレオネのコロマ大統領(ゲッティ=共同)
 ただ、折角、オバマ大統領に提言するなら、もう少し踏み込んで欲しかった。なぜなら、米国の医学研究は世界最高水準であり、また軍隊は世界最大規模だからだ。オバマは、その最高司令官である。

 エボラ出血熱の特徴は致死率が高いことである。過去10回の流行では発症者の50-90%が死亡している。

 このようなハイリスクの感染症が外国で流行した場合、米国は、どのように支援すべきだろうか。いや、どのような支援が可能だろうか。

 この際、最大の問題は「誰が」行くかだろう。いくらアメリカと雖も、遠いアフリカの流行に対して、米国の若者の命を危機に曝すことへの合意形成は容易ではない。どうやって、社会合意を形成するか、この点が十分に議論されてきたとは言いがたい。この機会に、我々も考えるべきだ。

 エボラ出血熱対策については、支援者の美談が前面に出ることが多い。これまで、メディアは西アフリカでエボラ出血熱対策に従事した医師のことを何度も報じている。例えば、以下のような感じだ。

『現地に赴任した女性医師が語る!エボラ体験記リベリア編』

 著者の小林美和子医師の行動に敬意を表したい。現地で活動するには、相当な覚悟が必要だったろう。

 ただ、彼女の文章には「2014年7月から米国疾病予防医療センター(CDC)での勤務を開始し、9月から1ヶ月間リベリアへ赴任した」とある。現地での任務の中心は調査研究であったのだろう。私の知る限り、CDCなど、米国の政府系研究機関から派遣されている医師は少数で、その任務は患者治療より、調査研究が中心だ。

 この状況は、日本も変わらない。外務省によると今年3月18日現在、WHOを通じて延べ17人の日本人専門家を派遣している。厚労省によれば、その任務は「エボラ出血熱対策に関する WHO ミッションに専門家として参加し、現地の疾病発生及び診療・対策状況等について調査及び評価を実施するとともに、必要に応じ助言を行う」ことである。

 この活動が、現地でどのように評価されているか、私には分からない。ただ、流行地域の住民が求めているのは、調査研究ではなく、患者の治療・ケアだろう。誰が、この任務を担っていたのだろうか。

 それはボランティアと軍隊だ。ボランティアの代表が「国境なき医師団」である。昨年11月7日現在、6カ所のエボラ出血熱治療施設に合計251人の「海外スタッフ」を派遣し、3503人の感染者を治療している。

 日米の政府機関の医師と、ボランティア団体の医師の間に、なぜ、こんなに差があるのだろうか。

 私は、医療機関や研究機関では、生命の危険性が高い地域での仕事に従事するよう職務命令を出せないからだと思う。

 実際、エボラ出血熱の診療に従事した医療関係者の中には、感染により死亡した者もいる。昨年7月の段階で、医療関係者100人が感染し、約半数が死亡したという。

 危険な地域には、公的機関の医師や看護師は派遣できない。これは、何もエボラ出血熱に限った話ではない。

 東日本大震災後、原発から23キロに位置する南相馬市立総合病院では、原発事故が起こると、厚労省から派遣された救急医療チーム(DMAT)は引き上げ、それ以降、厚労省・日本医師会・日本看護協会は支援に及び腰だった。派遣する職員の安全が保証できないからだ。

 また、南相馬市立総合病院では、事務や清掃などに従事する派遣職員は全員が避難し、医師・看護師などの病院職員も約3分の2が避難した。全く同様のことが、スリーマイル島原発事故でも報告されている。

 ここに患者が押し寄せた。この地域を支援したのは、各地から自らの意思で駆け付けた専門家たちだ。これが現場の実態だ。エボラ出血熱も実態は同じようなものではなかったろうか。

 エボラ出血熱が東日本大震災と異なるのは、米軍が関与したことだ。昨年9月、オバマ大統領は、米軍約3000人を派遣することを決定し、その中には医師やエンジニアも含まれたという。この派遣は、今年2月まで約5ヶ月間滞在した。

 この差は、軍人は生命への危険を念頭において雇用契約を結んでいるからだろう。本当に危険な地域での勤務を業務命令できるのは、このような組織だけなのだろう。

 このことは我が国も同様だ。南相馬市立総合病院に、震災後、最初の支援に入ってきたのは自衛隊だった。3月17日のことだ。

 また、あまり知られていないが、震災後、南相馬市内の救急車搬送は正常に行われた。152名の職員が誰も避難しなかったからだ。全員が男性で、消火活動など平素の業務が生命の危険と隣り合わせであり、病院や民間企業とは「覚悟」が違うのだろう。私の知る限り、このことは殆ど議論されていない。

 今回の提案はオバマ大統領にあてたものだ。世界最強の米軍に指示できる。折角の機会である。

 「致死的感染症が世界的に蔓延する危険性が高いと判断した場合、米国大統領は米軍を派遣し、地域住民の治療、および現地で活動する医療スタッフ達の支援を検討する」と加えてはどうだったろうか。