外岡立人(元小樽市保健所長、医学ジャーナリスト)

エボラ出血熱に対するWHO緊急事態宣言


 2014年8月8日、WHOのマーガレット・チャン事務局長は、西アフリカ3カ国、すなわち、リベリア、シエラレオネおよびギニアにおけるエボラ出血熱(以下エボラ)の流行を、その拡大を抑えるために緊急支援を要する、国際的公衆衛生上の緊急事態であると宣言した。

 この宣言がどれだけ世界にインパクトをもって注目されたかは筆者には定かではないが、国際的報道機関はそれ以前からエボラ流行が急速に拡大している西アフリカの惨状に関して報道を続けてきていたから、このWHOの緊急事態宣言はむしろ遅すぎたきらいがあった。

 国内では産経ニュースがエボラに関して多くの情報を発信してきていたが、他の国内報道機関からの情報発信量は少なく、このWHO宣言の報道も扱いが小さいか、または伝えていなかった。

 エボラが恐ろしい感染症であることは多くの人々は既に知っていた。しかしそれはあくまでもアフリカという限定された地域で発生していた事実から、国際的にも国内的にもそれほどインパクトをもった情報として一般社会に拡大してこなかった。
 
 エボラは発病した患者、遺体などに直接接触することで感染し、患者からの飛沫感染、さらには空気感染はしないとされ、それは医療的には重症度は別にして、インフルエンザよりも遙かに拡大する可能性は低い感染症と考えられていた。患者や遺体に安易に触れる途上国ならではの感染症であることは間違いなかった。要するに先進国までは拡大することはないと、多くの専門家もコメントしていた。

 日本国内の医療機関ではスタッフの間でそれほどの話題にはならなかったと思うし、医師会もウェブサイトを見る限り特段の反応は示していなかった。

 WHOのチャン事務局長は緊急事態宣言の中で、「今日まで流行している地域は、自国での流行の拡大を抑えるだけの力を持っていない。私は国際社会にできるだけ迅速なサポートをお願いしたい」と訴えた。

 すなわち先進国に拡大する危険性はないが、流行国での拡大阻止のために国際支援を求める訴えだった。このような途上国の健康危機に対する国際支援の求めは、これまでも時折国連機関から出されてきた。

 自国には広がる危険性は低いと判断されると、先進国では国家レベルの支援態勢は進まない。それは日本でも同じだった。

 8月中旬になると米国や欧州の人道支援団体の医療スタッフがエボラに感染する事例が相次ぎ、自国政府または団体がチャーターした航空機で自国の専門病院に搬送する事態が頻発しだした。

 この頃から米国をはじめとした先進国で、エボラの自国への拡大が懸念されだし、西アフリカでのエボラ流行拡大阻止に向けて本格的な動きが見られだした。

 そして9月には米CDC長官が西アフリカを視察し、西アフリカのエボラ流行が制御不能に陥っている状況を報告し、国際的支援活動がなければ大変な事態になると発表した。また国連高官や国境なき医師団も各国政府に支援を呼びかけ続けた。

制御不能に陥ったエボラ流行


 増え続ける感染者にWHOのチャン事務局長は9月中旬、西アフリカのエボラ流行は制御不能とのコメントを出して、世界にさらに警告を発した。

 この頃からキューバをはじめとする各国からの多数の医療担当者の派遣や支援金提供が行われ始めた。マイクロソフトのビル・ゲイツも50億円の支援を行っている。 

 米国内でもエボラ支援に対して色々と反応はあった。西アフリカに住む人々が過去に奴隷として米国内に連れてこられ、牛馬並みの扱いを受けていた事実、奴隷の末裔として米国内に多くの黒人が現在米国人として存在している事実。そうした事実は健全な米国人の良心を痛めたはずである。しかしオバマ大統領の反応が、予想外に鈍かったのは不思議だった。

 オバマ大統領は9月上旬、かっての米国の黒人奴隷達が解放後に建設したリベリアのエレン・ジョンソン・サーリーフ大統領から書簡で強力な支援を懇願された。ニューヨーク・タイムズは女史の書簡内容を次のように伝えている。

・自力ではエボラ流行を抑えることは不可能

・米国の援助が無ければ社会は混乱に陥り、かって内戦で20年間続いたときのような無秩序状態に陥る

・国内に1500床のベッドが緊急に必要

・首都モンロビアに米軍による100ベッドの病院をすぐに建設して欲しい


 9月中旬にオバマ大統領はリベリアへの支援を決断し、数億ドルの出費と3000人近い兵士の派遣を指示した。それは米国大統領の英断のごとき報道をしたマスメディアもあったが、感染症専門家達はオバマ政権の対応が遅すぎるとして批判していた。

 特にニューヨーク・タイムズは、遅すぎる国際支援を告発するかのように、西アフリカの惨状を頻繁に発信し続けていた。

 我が国では産経ニュースが多くの情報を発信していたが、ニューヨーク・タイムズと提携している朝日新聞からは情報発信が少なく、また他の大手新聞やNHKからの情報発信も散発的であった。そのため国内では残念であるが、西アフリカのエボラによる惨状は十分社会的に認識されることはなく、単に日本国内で発生した場合の対策について論議され、その体制強化が図られるだけだった。