河合雅司(産経新聞論説委員)

 今後、東京圏が急速に老いていく。
 
 国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が65歳以上人口について2025年と2040年の伸びを推計しているが、東京都の場合、2010年の268万人を「100」とすれば、2025年には「124・0」、2040年には「153・7」と1・5倍に膨らむというのだ。75歳以上人口になるとさらに厳しく、2025年に「144・1」となり、2040年には「167・9」となる。
 
 そうでなくとも東京圏への一極集中が続いている。社人研の予測を上回る勢いで地方の高齢者の東京流入が進めば、さらに高齢者数は増える。
 
 これまで東京圏にある自治体はビジネス優先の効率的な街づくりをしてきたため、病院の療養病床や特別養護老人ホーム(特養)は不足している。高齢化が進むからといって突如、高齢者向けの街づくりに切り替わるとは思えない。
 
 もちろん、東京都など対応に乗り出した事例もないわけではないが、用地取得1つとってみても地価が高く難航が予想される。これから本腰を入れるのでは、高齢者数の激増スピードに追いつくのは容易でないだろう。
 
 問題は、ベッド数を確保すれば済む話ではないことだ。鉄道網の発達した東京圏では、退院後、何度も電車を乗り継いで通院している人が少なくない。しかし、これは患者の年齢が若いからこそ可能なことだ。さらに高齢化が進んだとき、駅の階段を上り下りし、電車を乗り継いで都心に出掛けられる人はどれぐらいいるのだろうか。しかも、今後は高齢者の独居世帯が増えるとも予測されている。それは自宅での介護に携わり、通院に付き添う家族がいない高齢者の増大をも意味する。
 
 厚生労働省は2025年に向けた対策として、レセプト(診療報酬明細書)データの分析をベースに、人口の高齢化や疾病構造の変化を加味して患者数を推計して適正な入院ベッド数を割り出し、都道府県ごとに「地域医療構想」として病床機能の再編を促す計画を描いている。
 
 しかし、患者数の予測は頭で考えるほど簡単ではない。多くの人は自宅近くにある医療機関を受診するが、高度な医療を行う病院が集積する東京圏では事情が異なる。癌や難病患者が、わずかな望みをかけて全国から押し寄せているのだ。
 
 癌や難病ばかりでない。一部メデイアの「名医」特集に影響されて、関東一円や静岡県などから東京都心部の大病院に通院している人は少なくない。二次医療圏内で医療がほぼ完結する地方と同じように、患者予測をしたのでは実態と大きくかけ離れるだろう。
 
 それだけではない。安倍政権は「医療ツーリズム」が経済成長に資するとして、東京圏に海外から富裕層を積極的に受け入れようとしている。これではますます東京圏のベッド不足が深刻になる。待機児童がいつまでも解消されないのと同じで、医療・介護の提供体制を整備すればするほど、患者の需要が掘り起こされることも想定しておかなければならない。東京圏の患者数予測というのは、どんな前提を置いて試算するかによって大きく違ってくるのである。
 
 ではどうするのか。東京圏での医療・介護提供体制の脆弱さへの対応策として、政府が新たに検討を始めたのが高齢者の地方移住の促進だ。東京圏への病院や介護施設を整備することが困難ならば、地方への移住を希望する東京圏の高齢者の希望を叶えようというのである。
 
 高齢者が地方に移り住むことは、人口減少に悩む自治体にとっても渡りに船である。高齢患者が亡くなった途端に人口そのものが減る自治体では、すでに医療機関や介護施設のベッドが空き始めている。地方では医療機関や介護施設が有力な雇用の場ともなっている。東京圏から高齢者が来て患者数が増えれば、雇用が維持され、あるいは新たな雇用が生まれる可能性もある。
 
 人口減少に悩む地方が生き残るには、若者が魅力を感じる街づくりを進め、出生数を増やしていくしかない。しかし、その成果が表れるには時間がかかり、人口が増える前に〝消滅〟しかねないのである。大都市圏から大量の高齢者が移り住めば、対策を講じる時間を稼げるというわけだ。いまや地方への移住はちょっとしたブームでもある。内閣官房が実施した「東京在住者の今後の移住に関する意向調査」によれば、移住を考えている人は40・7%。関東1都6県以外の出身者では49・7%を占める。50代男性は50・8%が関心を示している。
 
 高齢者が地方へ大量移住となれば、東京圏の高齢者激増問題解決に向けた有効な手立ての1つとなろう。
 
 とはいえ、年齢を重ねてからの引っ越しはそう簡単に進むものではないことも事実だ。いざ移住となると、生活環境ががらりと変わることへの心理的負担から二の足を踏む人は少なくない。
 
 こうした懸念を払拭するため、政府の「まち・ひと・しごと創生本部」が高齢者の地方移住の促進に向けた受け皿づくりを検討する「日本版CCRC構想有識者会議」を立ち上げた。筆者も委員として同会議に名前を連ねているが、政府は年内に最終報告書をまとめ、来年度から全国でモデル事業をスタートさせる考えだという。
 
 CCRCとは、Continuing Care Retirement Community の頭文字を取った言葉で、体が弱ってから入所する特別養護老人ホームなどとは異なり、元気なうちに移住した人たちが、大学に通ったり、趣味やボランティアなどに打ち込んだりする生活共同体のことである。米国では各地に広がっているが、これを日本流にアレンジし、大都市圏に住むアクティブシニア(活動的な高齢者)の受け皿として普及させようというのだ。
 
 CCRCを普及させるには、いくつものポイントがある。地方暮らしに、東京圏に住み続ける以上のメリットを見出せなければ踏み切る人は増えまい。
 
 最大のポイントは利用料だろう。CCRCにしてもサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)にしても、高級リゾート地のような大型開発のイメージが先行しがちだ。確かに、大規模な土地の造成し、目を見張るゴージャスな街並みが広がれば、誰もが住みたくなるだろう。
 
 しかし、ゴージャスにすればその分、費用回収のために利用料も高くせざるを得なくなる。必然的に利用者は裕福な高齢者に限定されるだろう。大多数の高齢者は老後生活費の大半を年金収入に頼っている。企業年金もなく、十分な退職金もないという人も少なくない。利用料があまり高くなったのでは、手が届かなくなる。
 
 高級リゾート施設のようなところもあっていいが、CCRCを日本に根付かせようとするならば、利用料金に幅を持たせ、一般的な退職者が入居できるところも整備することが秘訣だ。
 
 では、一般的な退職者が利用できる料金とは、どれくらいなのか。2014年の家計調査などを元に計算すると単身世帯の生活費は全国平均で月額8万8540円である。サ高住は13万579円だ。このうち家賃地代は単身世帯が約4万円、サ高住は5万5千円弱である。
 
 東京圏に住む高齢者の生活費はもう少し高い。2013年の総務省「住宅・土地統計調査」が東京23区や東京隣接3県の政令指定都市を中心に調べているが、専用住宅の1畳当たりの家賃は全国平均の約1・4倍である。これを機械的にあてはめれば、東京圏に住む単身高齢世帯の生活費は月額約10万4800円、サ高住は15万2500円となる。
 
 そのためにも、CCRCを一から造成、建設するのではなく、公的住宅や空き家など既存施設を徹底活用することだ。利用料をぐっと抑え、地方に住む割安感を出すことが移住に向けた大きな動機付けとなる。
 
 一方、CCRCの魅力はその楽しさにある。大学と連携し「もう一度、大学生」として学問に打ち込んだり、映画ロケ村やスポーツタウンの一角に展開して趣味の世界を満喫したり、あるいは起業を志望する人が集まり住むことで〝起業ビレッジ〟として立ち上げ、ビジネスでもうひと花咲かせたりする。人生の残された〝元気な時間〟を充実したものにすることこそ、CCRCの醍醐味である。そのためにも、CCRCにはイベントプロデューサーやコーディネーターが不可欠だ。
 
 人間というのは、他人から認められ、必要とされていると感じたときに喜びを感じるものだ。高齢になればなるほど、こうした承認要求は強まるとされる。CCRCで学んだことや、趣味を通じての成果を発表し、表彰されるような仕掛けが整っているとよい。
 
 しかし、CCRCでの生活を満喫するにもコストはかかる。年金収入の大半をCCRCの利用料に回さざるを得ないのではとても老後生活を楽しむことなどできない。こうした費用を抑える工夫もポイントとなる。
 
 例えば、移住者自身が大学で教え、趣味のインストラクターを務めるのも一案だ。働くのも選択肢であろう。CCRCを楽しむ時間を確保するためにも、若者のようにフルに働くことはない。月に数回のアルバイト感覚で、年金の足しにするイメージである。働けば生活に張り合いもでる。人口減少が続く地元自治体にしてみれば、移住者が働いてくれれば労働力の確保ともなる。受け入れ先となる自治体には移住者の仕事探しのサポートが期待される。
 
 第3のポイントは、医療や介護との連携の充実だ。そもそも政府がCCRCを推進しようとしているのは、東京圏での医療・介護提供体制の整備が追いつかないことが大きな理由である。「CCRCに移り住めば、医療や介護に心配がなくなる」とならなければ、移住の大きな動機付けとはならないだろう。
 
 CCRCは永住の地でもある。入居時は元気であっても、やがて病気を患ったり、要介護状態となったりする場合もあろう。しかし、CCRC入居者の大半が要介護状態になったのでは介護施設と大差がなくなり、アクティブシニアにとっての魅力が損なわれてしまう。こうした状況を避けるには、CCRC内で元気な人と要介護者の住み分けが重要となる。
 
 だが、CCRCに専用の医療機関や介護施設を併設したのでは、やはりCCRCの利用料は高くなり、特養の整備と大差がなくなる。とはいえ、地元の医療機関や介護施設を一方的に占有したのでは地元住民から「過度な移住者優遇」との不満も出よう。
 
 こうした難題を解決するために提案したいのが「医療ポイント貯蓄制度」(仮称)の創設である。CCRCの住民は、元気なうちは行政が指定する「公的な仕事」に汗を流す。例えば、保育支援や小中学校でのゲストティーチャー、医療機関待合室での患者誘導員、高齢者の買い物や通院サポートなどだ。医療や介護のボランティアをすることでポイントを得られる先進事例もあるが、ここでは自分ができる仕事を選べるよう幅広いメニューを用意する。
 
 こうした「公的な仕事」への貢献度に応じてポイントを受け取り、貯めたポイントに応じて、CCRCと提携する医療機関や介護施設を優先利用できるようにしようというのだ。
 
 例えば、提携医療機関がCCRC住民向けの医療コンサルタント事業を行い、ポイントに応じて安い費用で人間ドックを受けられるようなサービスを展開する。
 
 人口が減る地方では、今後、入院ベッドも空いてくる。これを活用して、病床計画を超えた「空きベッド」をCCRC入居者向けベッドとすれば、地域医療が混乱することもないだろう。公的な医療や介護を受ける以上、医療費や介護費用は安くすることはできないが、CCRCに入居すれば、医療機関や介護施設のベッドの心配をしなくて済むとなれば、大きな安心となる。
 
 「公的な仕事」に従事すれば、移住先の住民との交流も進む。働いてもらう側にしてもアルバイトを雇うわけではないので費用面での負担がないのが魅力だ。
 
 働く側にもメリットがある。賃金を受け取る仕事とは違い、自分の能力やペースで働くことができるので参加がしやすい。社会とつながれば生き甲斐ともなり、健康維持にも役立つだろう。社会参加する人が増えれば、社会全体の健康寿命も延びる。
 
 こうした構想を実現するにはCCRCの運営事業者だけでなく、受け入れ自治体や地元商工会、医師会、介護事業者などの協力が不可欠だ。何よりも、地元住民の理解なくしては成り立たない。移住者と地元住民が一緒になって「生活」を楽しむムードをつくれるかどうかがCCRC定着のカギを握っている。

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