外山恒一(政治活動家、「我々団」総統)

少しもフザケてなどいない


 私が(普通の意味で)選挙に出たのは05年から08年にかけての計4回だけで、したがって直近のものでもすでに7年前のことになる。一番よく知られているであろう東京都知事選への出馬は07年4月である(他の3回は05年11月の鹿児島県霧島市議選、件の都知事選を前半戦とした07年統一地方選の後半戦・熊本市議選、08年4月の鹿児島市議選)。

 都知事選の政見放送で私は、選挙での社会変革の可能性を全否定し、はっきりそうは云わなかったがおそらくはきっと何か物騒な手段での「政府転覆」を呼びかけて、一躍“著名な泡沫候補”の仲間入りをしたわけだが、“泡沫候補”呼ばわりされること自体に特に異議はない。

 もっともマスコミも含め世間一般のその線引きは非常に恣意的ではある。とくに奇矯な印象でもない無名の地味なオッサンたちも泡沫候補扱いされるから、キャラで峻別されているわけでもあるまい。絶対に当選するはずがないのになぜか立候補してる人、をそう呼ぶのであれば、07年以来の都知事選を例にとれば、石原・猪瀬・舛添氏の当選は投開票を待つまでもなく明らかだったのだから、浅野史郎、黒川紀章、そのまんま東、ワタミ、宇都宮健児、松沢成文、細川護熙、タモちゃん(田母神俊雄)ら各氏、みんな泡沫候補ではないか。

 ただ多少不服なのは、どうも世間では“笑える”イコール“フザケている”という等式が常識的であるらしいことだ。むろん“笑わせる”ことと“笑われる”こととは全然違う、ということでもある。私は明確に意図して“笑わせた”のだし、私以外にも(私にはミジンも面白いとは思えないが)わざと“笑わせて”いるらしい著名泡沫候補もいる。だがそれとはまったく違う水準で、さらに不服なのである。私は“笑わせた”が、少しも“フザケて”などいない(もう一人の著名泡沫候補は明らかにフザケている)。件の政見放送で語った内容は、すべて私が心の底から本気で思っていることばかりであり、そうでないフレーズは一つとしてない。

東京都知事選に落選し、熊本市議会議員に立候補した
外山恒一氏=2007年4月17日、熊本市内
 私は他の(少なくとも主観的にはマジメなタイプの)著名な泡沫候補たちと違って、その主張の内容に(婉曲に云って)独創的なところはまったくない。世界史の教科書にだって太字で載ってる左右のメジャーな反体制思想であるアナキズムとファシズムとが私の信条(正確には“アナキズム経由のファシズム”)であり、“選挙否定・議会制民主主義否定”はそれらに共通する主張でしかない(ムソリーニもヒトラーも議会進出はしたが、彼らがそれら“民主的”システムをハナっからバカにし、状況次第で平然と踏みにじったことを否定する者はあるまい)。勢力的には極少な過激思想の表現にいきなり触れた無学な人民が唖然とするのは仕方がないが、一流大学の学生や出身者どころか教授レベルにさえそれらと大差ない反応が多いことには、むしろこちらが唖然とさせられた。

 私はただ自らが拠って立つアナキズム&ファシズム(無学なインテリたちはこの併記にも唖然とするようだが、先入観を捨ててそれらの成立史を辿ってみれば、両者はほぼ表裏一体の思想である)の選挙観を、例えば社会派ミュージシャンがいくら渾身の歌詞とはいえ、それをただ棒読みすることはなく必ずリズムを整えメロディをつけアレンジを施すように、できるだけ多くの人を最後まで飽きさせず画面に釘づけさせられるよう、レトリックと“役作り”の面を工夫して伝えたにすぎない。

 選挙に出た目的も私の場合ははっきりしている。私は選挙を中心的手段としない、直接行動的な闘争の延長線上に革命を展望しており、中期的には60年代末のようなラディカルな学生運動が、かつてのそれとは違い左派の枠内で模索されるのではなく右派的な志向を持つものとして再興することがその唯一の突破口であると考えているが、そのさらに前段階としてはまず誰かが現代に公然とラディカリズムの旗を掲げて登場しなければならない。それが私の05年から08年にかけての一連の立候補だったというだけである。

 要するにラディカリズム復興のための核となる“最初期の同志”を求めての立候補だったわけだが、その目的は充分には果たせず、各地から私が本拠としている九州へと移住し合流した、志ある感心な若者は数名しか出現せずに終わった。その理由は、日本のジャーナリズム・アカデミズムあるいは前衛美術シーンなども含めて、私の予想をはるかに下回る水準で停滞しており、“マジメなラディカリズムの論客・活動家”として各種メディアに進出するという、都知事選後に想定していた“二の矢”を放てなかったことにあると考えている。