別冊正論23号「総復習『日韓併合』」 (日工ムック) より
榊原智(産経新聞論説委員)







帝国議会の朝鮮人代議士


 日韓両国の歴史をめぐって、慰安婦のことばかりが論じられています。バランスよく歴史を見ていくには、もう少し別の側面にも関心を寄せた方がよいのではないでしょうか。

 今年は、朝鮮や台湾といった外地が、日本の領有を離脱してから70年の節目の年に当たります。この誌上では、併合後期の朝鮮について、衆議院で活動した朝鮮人代議士や昭和20年に決まった朝鮮、台湾在住民に対する国政参政権の付与について紹介したいと思います。当時の日本が、朝鮮をどう位置づけていこうとしたかを考える材料になるからです。

 戦前戦中の帝国議会に、朝鮮人の衆議院議員や貴族院議員、台湾人の貴族院議員がいたことをご存じでしょうか。

 まず引用するのは、今から82年前、昭和8年1月26日の衆議院本会議における質疑の一部です。読みやすいよう、議事録を今の表記に改めました。

 「朴春琴君 質問の前に、今回朴泳孝侯爵が勅選議員になられました事は、国家の為に、また内鮮一家の為にまことに感謝にたえませぬ。(略)私は第一に、参政権問題について内務大臣に承りたいと思うのでありますが、まずその前に各党の総裁の方々が党の大会におきまして、我国の人口は七千万云々ということを再々言っておる。(略)新附の二千万の立場から考えれば、何だか除外されたような気持ちがして仕様がない。(略)国家の為に大不利益と私は思うのであります。(略)併合当時、おそれ多くも明治大帝陛下は二千万人は一視同仁であるということを仰せられたのでありますから、日本国民としてのこの権利義務を明らかにするのが、即ち日本国民の義務と思うがゆえに、内務大臣に私はこの要求をしたいのであります。(略)今までなぜ朝鮮に参政権を与えてないか(略)植民地と言われることは非常に気に喰わないのであります(拍手)」

 「国務大臣(男爵山本達雄君) 御質問について(略)参政権の事につきましては、将来においては必ず御質問の如き参政権を与えられるようなる時代も来ることと考えております。しかしながら目下の所において土地、人情及び法律などの点におきまして色々違ったる点が多いのでございます」

 この国会質問を手がかりに、さまざまなことが分かります。

 朴春琴は、明治24(1891)年に韓国慶尚南道で生まれた朝鮮人政治家です。建設業に関わっていましたが、昭和7年2月の総選挙で東京4区(本所区、深川区)から出馬、当選しました。11年2月の総選挙は当選しませんでしたが、12年4月の総選挙で再び当選し、大東亜戦争中の17年4月まで代議士でした。通算9年間になります。

 昭和10年3月16日、衆院の米穀自治法委員会で朴は2回目の当選についてこう語っています。

 「朴委員 私は東京で七千票入れられた。その際朝鮮ではどういうことを言われたか、あれは皆本所、深川には朝鮮人の有権者が多い為に、全部朝鮮人が入れたのだろう(略)。ところが事実はこれと反対に、朝鮮で生れた日本人からは、私は四十票か五十票しか貰っていない。これは皆、日本で生れた日本人が入れた」

内地人と外地人で同じ選挙制度


 当時の衆議院議員選挙法は、日本国民の男子に選挙権と被選挙権を与えていました。ただし、選挙区は、昭和20年までは内地にだけ設定されていました。ですから内地に住む朝鮮人や台湾人も選挙権を行使できました。

併合で侯爵となった朴泳孝。
閔妃暗殺の犯行を告白して
同じ朝鮮人に殺された禹範
善が日本に残した長男、長
春の養育を援助し、東大で
農学を学んだ長春は韓国
に渡り「戦後韓国農業の父」
といわれた
 ハングルによる投票も可能でした。以前、フジテレビの番組で、現東京都知事の舛添要一氏が、自身の父が戦前の地方選挙に立候補した際のポスターを見せたことがあります。ハングルでも候補者名が書いてありましたが、戦前の制度に基づくものだったのです。

 また被選挙権は、内外地を問わず内地人、外地人とも享受していました。

 一方、内地人が朝鮮や台湾に移住すれば、衆議院の選挙権は行使できませんでした。選挙区がないからです。

 国政選挙をめぐって内地人と外地人に差別はなく、異なる扱いだったのは内地、外地という地域だったのです。もちろん、故郷の地に住む人が圧倒的ですから、朝鮮や台湾に選挙区がなければ、選挙権を行使できない人の大部分は外地人になります。

 この構造を大きく変えたのが、後述する昭和20年の国政参政権付与でした。

 女子に参政権がなかった時代であり、選挙は男子に限った話ですが、兵役(男子の徴兵)はどうだったのでしょうか。
4
衆議院選挙東京府4区で当選し、支持者らの祝福を受ける朴春琴
 兵役は長い間、内地人にだけ課せられ、内地人は朝鮮に住もうと台湾に住もうと兵役の義務がありました。戦局の激化もあって朝鮮人の徴兵は昭和19年度から、台湾人は20年度から行われました。彼らが訓練を終え、部隊に配属される頃に国政参政権の付与が決まったことになります。

用語メモ…内地が本籍の日本国民を内地人(今の日本人)、朝鮮が本籍の日本国民を朝鮮人、台湾が本籍の日本国民を台湾人と称します。朝鮮と台湾を合わせて外地、朝鮮人、台湾人を合わせ外地人と称します。籍は養子など一部の場合を除き、原則変わりませんでした。本籍とは別の地域に移住しても籍は変わらないわけです。