鄭大均(首都大学東京特任教授)

 「日韓併合」やその時代をいかに評価するかの問題は日韓の最大の政治的争点である。この点で韓国の公定史観がこれを違法であり無効であるとしているのは周知の通りである。

 と同時に、かつて「日政時代」と呼ばれていたこの時代が「日帝時代」を経て、近年では「日帝強占期」と呼ばれていることからもわかるように、日本の「悪意」や「悪政」を語る物語は、時間の経過とともに強度を高めつつ国民に共有されているのである。

 旅行者でも気がつくことだが、今日の韓国には「日帝」の「蛮行」を語る物語があふれている。学校教科書で学んだ「日帝強占期」の日本像は歴史ドラマや日常のニュースで反芻(はんすう)されるとともに、国中の博物館や記念館を訪問すると、その「実物」に向き合えるという仕組みである。

 一方の日本はというと、「日韓併合」などといっても、そもそもピンとくる人が少ない。これは戦後日本の学校教育やメディアが、日本国の地図にかつて朝鮮や台湾が含まれる時代があったのだということをきちんと教えてこなかったことの代償である。

 ただし、左翼の一部に早くから自国の加害者性の歴史の糾弾に熱心な人びとがいたことを忘れてはならない。この時代を熱心に語り続けたのは彼らであり、侵略への負い目意識から韓国や中国のいうことを無条件に尊重する風潮を作りだしたのは彼らである。
2014仁川アジア大会 男子サッカー準々決勝 日本対韓国
 試合前に韓国側ゴール裏に掲げられた、日本初代首相の伊
藤博文を暗殺したテロリスト・安重根の肖像画を描いた幕
=韓国・仁川(共同)

 もっとも近年の日本には、負い目意識を蹴散らすような議論が流行で、一見元気がよい。韓国人のいう歴史が到底信頼に値するものではないという証拠を彼らは次々に提示してくれるのだが、それでも日本が安泰とはいえない。

 「日韓併合」の問題は国際社会でも言及されることが多くなっているというのに、日本人の多くは無知、無関心のままであり、それを英語でスピーチできる人間もほとんどいない。負い目意識を蹴散らすような議論が流行といっても、これは身内同士のサークルの中でしか通用しないアジテーションであることが多い。

 これではいかにもまずい。ではどうしたらいいのか。前から考えていることだが、『日韓併合の時代ベストエッセー集』のような本を何冊か刊行し、まずは「日韓併合」の時代をリアルタイムで経験してもらうのはどうだろうか。エッセーだから、難解な論文や政治的アジテーションや小説は含めない。そもそも小説や論文などより、エッセーのほうが時代の息吹をよく伝えてくれる。

 この時代には、たとえば安倍能成(よししげ)のような魅力ある書き手がいて、そのエッセーを読むと、この時代の風景がよく見えてくる。安倍は京城帝大で15年以上も教えた後、旧制一高校長を経て学習院院長を歴任した人だが、京城(現ソウル)の町をよく歩き、人間や自然をよく観察し、多くの魅力的なエッセーを残してくれた。

 エッセー集の刊行を通して期待しているのは、日韓併合の時代が、われわれが考えるほど、良い時代でも悪い時代でもなかったということである。この時代については、なにせ、政治主義的、民族主義的な議論ばかりが多くて、当たり前の人間の当たり前の日常があったことが忘れられている。日本人も韓国人も、まずはそういう当たり前のことに気づいてもらわないとお話にならない。


 てい・たいきん 首都大学東京特任教授。1948年岩手県生まれ。立教大学と米UCLAで学ぶ。専門は日韓関係。主な著書に『韓国のイメージ』(中公新書)、『在日・強制連行の神話』(文春新書)、『姜尚中を批判する』(飛鳥新社)など。2004年日本国籍を取得。


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