今こそ街中に寺子屋を!


八尋俊英 (日立コンサルティング取締役)

 貧困率が先進国の中でアメリカに次いで2位になってしまった日本。子どもを、公立学校の教育を補完する塾に一億総中流の親が通わせた時代と異なり、通えない所得層は進学率が低く、貧困が貧困を生んでいるという。

 塾に行かなくとも公立の学校教育を何とかしようと、公立の中高一貫校、さらには小中高一貫校が検討されているようだ。教え方に工夫をするということであろうか。社会人経験者から教員の中途採用も増えている。
 小中高一貫校という新しい制度検討であれ、教師の中途採用であれ、学校・教師の採用という入れ物、仕組みの議論ばかりではないか。別に学校が楽しくなくとも、お稽古事やスポーツで認められれば自信がつく。声をかけてくれたり、ちょっとした出会いが子どもを変える。

 失職中、都内のボランティアで貧困家庭の教育を支える現場を見学したが、大変優秀そうな子どもが家庭の事情で才能を開花させられない実情を見て大変感じるところがあった。

 そのボランティアグループでは公共の施設を週1で借りて、近隣の事情のある子どもたちの宿題などを見る。主として社会人ボランティアが中学生の公立校受験を支援、小学生は大学生ボランティアが中心となって遊びもしながら勉強を教えている。子どもたちの姿は屈託がないが、個々の家庭は塾に通う余裕がないだけではなく、家庭内暴力や多様な事情があるようだ。
(本文と写真は関係ありません)

 ボランティアには毎週、自分さえよければとは思えない大学生や社会人が集い、反省会も行い、参加できなかった場合も活動の様子をグループメールで知り、仲間の活動に思いを馳せる。

 毎週1回の活動メールには、たとえばこのような活動記録が詳細に綴られる。

 「私は6年生のAちゃんを久しぶりに担当したのですが、様々な発見がありました。普段のAちゃんは女の先生が良い! と言ってきかない子だと思っていたのですが、そんなことなかったです。一緒にスリッパで遊んだことから打ち解けてくれました」


「ナナメの関係」で子どもと接する


 あるパネルディスカッションで、引きこもりの高校生を見守るボランティア活動を行っている代表者とご一緒した。そのボランティアでは利害関係のある親・先生、同じ視点になりがちの友人とは違う「ナナメの関係」。つまり、少し年上の先輩が手をさし延ばすことで、多くの高校生との対話を進めていた。 

 私自身、小学校4年生で自由ノートという宿題を出すベテランの教師と出会い、学校生活が激変した。図書館に通っては新しいことを思いついて宿題を提出する毎日となった。はじめて勉強を楽しいと思った。終業式の放課後、担任の先生に残るように言われ、待っていると古い参考書をくれた。もっと勉強したかったら学費のかからない国立の中学校があると教えてくれた。 

 ケースは多様である。スポーツ、工芸デザイン、ダンス、数学、何か周りの社会人が教師に限らず、子どもに「もっとやりたかったらこれをしてみたら」と、資金的な援助スキームも含めて出すことができたら、この国を支える次の世代に未来を託すことができる。