著者 Tohgou(静岡県)

 GHQ主導で制定された憲法だから改正する。という観点から、論を展開する改憲派の主張は、至極真っ当である。私は、ごく普通の一般人だが、改憲派の主張に賛同している。

 現憲法の継続は、おかしな現状維持か悪化かの二択であり、好転の可能性は全く感じられない。また、自信を持って次世代へ継承すべきものでもない。皮肉にも、護憲派の行動や主張に接し、その思いを深めるケースが多い。

憲法記念日に横浜市で開かれた憲法集会に参加する作家の大江健三郎氏(前列中央)ら=5月3日、横浜市西区
 5月3日、憲法記念日に合わせ護憲派の大集会が開かれた。主題は「平和といのちと人権を!」。「平和」を目指す思いは私も同じである。しかし、現憲法で平和が保たれているなど、悪ふざけも甚だしい主張だ。そんな嘘は、われわれ市民であっても見抜ける。そして彼等の主張を真面目に聞けなくなる。
 
 日本は米軍庇護下にあり、また東西冷戦の核による緊張状態があったことで、たまたま戦争がなかっただけではないか。その恩恵を現憲法に見出すのは意味不明である。その恩恵はどう考えても、在日米軍と自衛隊の存在だ。そう考えた時、自衛隊と矛盾する憲法九条は害でしかない。
 
 憲法前文の「平和を愛する諸国民」を「平和を愛する世界各国」と解釈するならば、これ程愚かな憲法はないとも言える。それは自明な筈であるが、護憲派は耳を貸さないのだろう。

 彼等もその位は理解できる筈だ。ただ、矛盾があろうとも、妙なイデオロギーに突き動かされ、黙殺し決して相容れることがない。であれば彼等の行動は、日本の為ではない。妙なイデオロギーの為である。護憲派という分類すら誤りであるが、とにかく彼等の主張は、背後に隠れた本意がある限り、まともに聞けないのである。

 55年体制は保守が連合し、憲法改正を掲げて始まった。もう60年も経過していることを考えると、憲法改正論議の始まった現在は当時よりも落ち着いているのだろうか? 妙なイデオロギー汚染は沈静化に向かっているのだろうか?

 しかし、GHQに植えつけられた戦争の贖罪意識を想起させるためなのか、日本の周辺は騒がしい。そして、これらに呼応する日本人が少なくない。憲法だけではなく歴史や基地問題にも絡めて騒いでいる。病的に見えてならない。

 私は、こういった日本人の存在を見かけるたびに、憲法改正の必要性を痛感する。彼等の声が大きいほど、現憲法の危険さを感じるのである。戦後70年経過した現在でも、この手の勢力が存在し続けるのは、そういう日本人を育ててきた、という誤りの証明に見えてならない。

 そういう意味で、教育は憲法に影響を受けると言っても良いと思う。国柄の表記である憲法を基にし、教育を行うのは当然といえる。これ以上、妙な日本人による妙な活動を拡大させない為にも、教育の視点で憲法改正を考えていくことが重要だと思う。

 平成18年に教育基本法は改正されているが、これが功をなす為には、その根幹である憲法改正は欠かせないものだろう。改正教育基本法と憲法改正。教育視点では、これらをまとめて考え、行動することで、真価を発揮するものと思う。

 勿論、憲法には教育に直結しない条文も多くあるが、全ては次世代の日本人を念頭に議論すべき問題であることは揺ぎ無いだろう。今われわれがなすべきこと、それは、次世代の日本人育成を考え、次世代へ自信を持って継承できる憲法へ改正することではないだろうか。