実に晴れがましい表情をしていた。大阪都構想の是非を問う住民投票において僅差で敗れた橋下大阪市長のことである。140万の投票総数に対してわずかに票差は1万票であるから、どっちに転んでもおかしくなかった。会見では、選挙期間中の発言どおり、年末の任期満了を持って政治の世界から引退する意思が表明された。

 橋下氏からは、細かい敗因の分析も、恨みごとも聞かれなかった。本人の言のとおり、やりきった人間の潔さであろう。しかし、その後のインターネット上の書き込みを眺めるにつけ、一人の政治家がここまで期待され、あるいは憎まれてきたことに改めて驚かされる。

 私の第一印象は、Bad for Osaka, Good for Japanというところだ。大阪にとって残念な、日本にとっては良い結果になり得るというものである。

住民投票の結果を受け、笑顔で記者会見する大阪維新の会代表の橋下徹市長。右は松井一郎府知事=5月18日未明、大阪市
 確かに、橋下氏本人にとっては、有終の美を飾るに十分な舞台であっただろう。しかし、都構想をめぐる戦いは終わっても、政治は続いていく。大阪も、日本も、続いていく。橋下氏本人の去就についてはいったん本人の弁を信じるとして、今般の住民投票の意義と、今後の展開について考えたい。

 実は、今回の住民投票を通じて、直接的に問われたことがそれほど大きなことであったとは思わない。広域行政と住民投票を進めていくための役所の枠組みを、前者は大阪都に、後者を5つの特別区に再編するということである。あくまで制度の枠組みの変更であり、特定の政策の方向性と結びついているわけではないはずであった。

 結果として、反対派による住民サービス低下を懸念するキャンペーンに付け入る隙を与えたと言ってもいいかもしれない。直接的な影響については今後の分析を待つ必要があろうが、選挙の終盤戦に敬老パスの存続がクローズアップされたのは示唆的であった。他の世代では賛成が上回ったにもかかわらず、70代以上の有権者の反対が勝敗を決したようであるからなおさらである。

 むしろ、今回の住民投票の意義はその象徴性にあった。一つは、「政策論としての都構想」であり、地方分権の本質をどのように捉えるかということである。東京からより多くの分け前を引っ張ってくることを目指す分配重視の地方分権論が主流な中で、都構想は、大阪の自助・自立を重視する発想に立っていた。分配の原資が縮小する日本にあって、分配重視の地方分権論が早晩行き詰まることは皆分かっている。それでも、日本は変わってこられなかったし、今回も変われなかったわけである。道州制論者をはじめとする統治機構の改革を目指す際には、重要な教訓となるだろう。

 「政治論としての都構想」の敗北は、さらに影響が大きいかもしれない。今般の、住民投票に向かう政治過程において維新の幹部が投入したエネルギーには目を見張るものがあった。賛否は別にして、日本の地方政治にあって、ここまで住民を巻き込んで、真剣に住民の支持取り付けに奔走した政治運動はなかったのではないだろうか。地方政治は、まだまだ、「よらしむべし、知らしむべからず」の世界である。橋下氏が、日本の民主主義をレベルアップさせたと胸を張りたくなるのも分かる。

 ただ、日本政治全体が同じ教訓を汲み取っているかについては疑問が残る。今後、日本に民主主義の大きな意思決定を要する懸案が持ち上がったとき、政治家達は、国民の良識を信じて正攻法の政策決定を行うだろうか。十分な情報提供と説明責任を果たす道ではなく、有権者の感情を煽り、一時の利益誘導に走る可能性が高まらなかったか。

 念頭にあるのは憲法改正の国民投票である。私自身、9条を中心とする憲法改正には意義があると考えているが、憲法改正そのものには意義があっても、国民投票を通すために付随して行われる政策やメッセージが、何でもありでは困るのである。

 今回の住民投票は、現代の日本にあって、変化を望む側が、変化を拒む側を説得することの難しさを改めて浮き彫りとした。その結果が、変化を諦めることであっても、説得を諦めることであってもいけないと肝に銘じたい。

 都構想の否決を受けて、大阪は現行の枠組みの中で改革を進めていくそうである。橋下氏という司令塔をなくし、メディアの注目もなくなるだろうから、漸進的な改善はあっても、意味のある水準の変化は期待できないだろう。大阪は、これまでどおりの衰退の傾向に戻るはずである。

 大阪での未来が否定されたことで、橋下氏には、活動範囲を全国に広げ得る可能性が生じたとも言える。今後の動き方次第では、憲法改正のキーマンとなることも、野党再編の台風の目となることも想定し得る。いずれのシナリオにおいても展開が読めない劇薬パターンではあるが。橋下氏が築き上げたネットワークと稀代のコミュニケーターとしてのスキルは、政治家としてではなくとも、政治にインパクトを与えることはできる。自助・自立に基づいた地方分権の推進をはじめとして、日本には強引なリーダーが望まれる分野がまだまだある。

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