著者 Dean

 露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪花の事は 夢のまた夢

 皆様ご存じの通り、これは豊臣秀吉の辞世の句だが、大阪都構想の是非を問う住民投票で僅か1万票の差で反対が上回ったことで政界引退を決めた橋下徹大阪市長には、今際の際に立たされた秀吉と違って命まで取られるわけではないのだから思い直して頂きたい。不退転の決意表明だろうが彼には約70万人の大阪市民をその気にさせた責任がある。

 投票結果はスコットランドの独立を問う住民投票どころの話ではなく、ちょっと転べばすぐ結果が逆転しかねないものだ。現実、スコットランド独立党は英国議会選挙で大躍進して同地域の議席を9割以上押さえたのだから、橋下徹には在野だろうが維新の党を率いようが、実現に向けて頑張って欲しい。仮に結果が逆だったとしても、それで大阪都構想がOKだとは思わない。反対者が同じ位居るからだ。だが民意が100万人を上回れば、流石の政府与党も都構想を無視できなくなる。

 そもそも今回の住民投票については大阪を守ると称して、自民、民主、共産が街宣カーを一つに共闘体制を敷くなどという前代未聞のあり得ない事まで起きている。また、そうした大阪府選出国会議員の態度に菅官房長官が露骨に不快感を示すという内輪揉めまで起きている。そうまでして橋下徹と大阪都構想を葬りたい理由は地方公務員の数が丸々半分消えることに絡んだ利権絡みだろう。それ以外に納得出来る理由があるなら教えて頂きたい。

「大阪都構想」住民投票で投票用紙を受け取る有権者=5月17日午前、大阪市福島区内の小学校(山田哲司撮影)
 都構想自体が前代未聞のことで実現の際に生じる未知の事態や問題を理由にするなら、「新しいことはなにも出来ない。してはいけない」と言っているのも同じ事で、変革を極度に恐れるのであれば有権者の上に立って音頭をとる側の人間になってはならないという結論になる。一般の人間、つまりは有権者の側はなにを恐れ、どういう選択をしても構わない。それが有権者の持つ権利と、個人としての意見を直接施政に反映できない有権者の限界だ。70万人のNOにはそれはそれでまた意味があるし、未知の状況を恐れるのも当然の心理だ。所詮私は外野なので、70万の民意を否定する大それたことは言えない。

 だが、仮にも為政者はそれではいけない。つまり、「政治家なんて向いていないのだから全員辞表を出せ」という話になる。下野した民主党が政権奪還を目指している行為もまた変革だし、ましてや一度も与党になったことがない共産党が政権奪取を目指すことも変革だ。そのつもりがないのに同党の政治家をやっているのなら今すぐ離党して欲しい。支持者への裏切り行為だ。また安倍晋三首相が進めている有事法制整備も憲法改正論議も大きな変革である以上、自民党員として避けて通れない筈だ。その場面ですら政府に政権与党の一人としてNO出す覚悟が本当にあるのか? ないならやめちまえという話になる。重要事項の決定において有権者を代表した立場にある以上、常に一つの問題に際して選択肢は二つ以上用意していなければならない。それが出来ないのなら政治家として“能無し”と言わざるを得ない。単に持論を他人に押しつけるだけの人間は政治家としては失格だ。そもそもあなた方はそう言って橋下徹を批判してこなかったっけ?

 大体、大阪府と大阪市は全国の他の自治体に比較して公務員の数が多すぎるのだ。数が多すぎるせいで公僕として市民の為に働いていなければならない役所の人間が、平日の昼日中からデモ活動などの政治活動を行えるのだから始末に負えない。はっきり言って橋下徹が大阪都構想を否定されたところで、彼はどこぞの市長だった中田某氏と同様に「そこまで言って委員会」の論客に戻れば良いだけの話なので、一視聴者としてそれはそれで面白い。だが、むしろ死活問題なのは日本労働組合総連合会(連合)の支持で「先生」にして貰っている連中だろう。違法の存在である公務員の労働組合員が正統な手続きを経て有権者に選ばれた人間を自分たちの都合で否定しているのだからちゃんちゃらおかしい。

 皆川豪志氏が書かれた「橋下徹という人間」という論文を拝読したが、ことは既に個人のレベルを超えている話だ。彼が貧困から立志した成功体験者でワンマンかつ自分に出来ることは他人にも出来ると考える人間だろうが、似たような経歴のブラック企業トップと違ってサイコパスではさすがになかろうし(もしかして婉曲にそうだと言いたいのなら謹んで拝聴する)、彼の夢を支持する人間が70万人いる。それともなにか。客観的にみて橋下徹と同類の、私が敢えて冒頭で取り上げた豊臣秀吉という偉人さえも否定するというのか?

 もしそうなら同感だ。はっきり言って私は豊臣秀吉という人間が大嫌いだし、彼が山崎の戦いだろうが賤ヶ岳だろうが、小牧・長久手だろうがさっさと敗死していさえすれば、千宗易のように日本国の歴史に貴重な貢献を果たした真の偉人がむざむざ死なずに済んだと思う。また、杜撰そのものに始めた唐入りが朝鮮半島、中国大陸との外交関係に落とした暗い影は口にするまでもない。この一件で冷え切った半島との関係改善のため、徳川幕府が朝鮮通信使接待などという低姿勢で関係修復を行わなければならなかったことも含めて現代まで続く両国と我が国の基本的関係の土台(特に半島における「恨」)を作ったことを考えれば、彼の罪は我々ずーっと後の子孫にも及んでいるのだから始末に負えない。唐入りは明国を婉曲に滅ぼし、半島にキムチを産んだが、それを歴史的偉業というのは皮肉でしかない。

 親族の大量虐殺を行い、朝廷の人事にまで介入し、現職の関白を元関白(太閤)が事実上独断で退陣に追い込み、僧籍に入った者には死を免じる不文律をも破った。信長・家康でさえやらなかった官位を褒美がわりに乱発する暴挙にも及んだ。そもそも旧主信長を極悪非道の暴君と喧伝したのも簒奪者である彼の仕業だろう。秀吉の数々の暴虐は歴史的な汚点でしかない。豊臣姓も天皇家が敢えて豊浦大臣の異称を持つ蘇我蝦夷の例に従ったのならその真意も伺い知れるというものだ。まあ現実、摂関家独占という藤原氏の特権を強奪したのだし、少なくとも蘇我氏と同様に藤原一族の敵とみなされたことは明白だ。後に家康が征“夷”大将軍を拝命することになったのもなにか暗喩めいている。

 自分で主張しておいてなんだが橋下徹と似てはいるが、彼はここまで暴虐ではない。武力を背景に権力の座についたわけでなく、有権者一人一人の民意を束ね、望まれて権力の座についたのだ。似ていると言ったこと自体が橋下氏に失礼だとさえ思う。

 なんにせよ、夢を見せた人間には夢を見せた責任があると思う。外野なのが残念でならないが、あと1万、あと30万の支持を頑張って取り付けて欲しい。そして大阪都を実現してこの国の施政に大きな石を投じ、変革を促して欲しい。こちらは切に願ってやまない。