橋下劇場は、御本人の政界引退により、呆気なく幕を閉じることになる。だが、今回の否決は、終わりではない。2010年3月に大阪維新の会が「大阪都構想」なるものを発表して以来、5年以上、大阪市民は不毛な内部対立に巻き込まれた結果、多くのものを失ったようにしか見えない。私たち大阪市民は、橋下劇場の負の遺産を、これから長く背負わなければならないだろう。

 それにしても、橋下氏や大阪維新の会は、具体的に何がしたいのか。膨大な言葉が空虚に飛び交う中で、そのことがさっぱり見えないのだ。もちろん、抽象的なスローガンは飽きるほど聞かされて来た。しかし、具体的に何を目指し、何を実現するのか。そのことが、最後まで見えなかったのである。どう見ても、単なる思いつきを口から出任せに連発しているようにしか思えないのだ。本稿では、その一例として、大阪維新の会が長く主張している「地下鉄民営化」を取り上げることにする。

 なるほど、「地下鉄民営化」という政策は、非常に具体的なようにも感じるかもしれない。だが、そうではない。何のために、どのような形で民営化するのか、それが分かってこそ、具体的な政策なのである。その意味で、大阪維新の会が掲げる「地下鉄民営化政策」は、ほとんど実態不明だとしか言いようがない。大阪市選挙管理委員会が発行した正式な「投票広報」の中に記された大阪維新の会の主張をみても、そのことがうかがえる。例えば、「敬老パスは市営交通以外に拡大!」という見出しの下に、次のように記されているのだ。

敬老パスは各特別区の福祉予算の発行となります。地下鉄を民営化すれば、敬老パスの適用を市営交通だけに限定する理由はなくなります。大阪都構想によって地下鉄民営化実現すれば、敬老パスの利用は市営交通だけに留まらず、民間の鉄道会社への導入も可能となります。


 いわゆる〈大阪都構想〉の具体的内容を御存知なく、大阪の地理や鉄道網に詳しくない方々は、この文章に対して特に疑問を感じられないかも知れない。しかし、大阪市民であり、「特別区の設置に関する住民投票」の有権者でもあった私には、上の文章が具体的に何を意味するのか、さっぱり分からないのである。

 まあ、冒頭の「特別区の福祉予算の発行」という表現は、おそらく「特別区の福祉予算からの支出によって賄われる」という意味なのであろう。そこまでは、何とか理解できる。だが、次の文章以後は、全く意味が分からないのだ。地下鉄の民営化は、地下鉄が民間の鉄道会社になるということであり、市営交通としての地下鉄は存在しなくなるということに他ならない。となると、「地下鉄を民営化すれば、敬老パスの適用を市営交通だけに限定する理由」がなくなるのではなく、市営交通そのものがなくなるのであろう。となると、当然のことながら、「市営交通だけに限定」した敬老パスなど、そもそも存在し得ないだろう。

 あるいは、市営交通にはバスもあるので、たとえ地下鉄が民営化されても、市バスは市営交通として存在するので、大阪維新の会のいう「市営交通だけに限定」されない「敬老パス」は、市営バスと「民間の鉄道会社」に使えるということであろうか。だが、それなら、わざわざ地下鉄を民営化しなくとも、市営交通と民間の鉄道会社の両方に使える敬老パスを発行することも可能なはずである。

 さらに、「大阪都構想によって地下鉄民営化が実現すれば」という表現も、ほとんど理解不能だ。そもそも、5月17日の住民投票は、大阪市を廃止して特別区を設置するか否かを、大阪市民にのみ問うたものである。つまり、どのような投票結果になろうとも「大阪都」など出来るはずがなく、いわゆる「大阪都構想」とは関係がない。となると、住民投票の結果がどうであれ、地下鉄民営化はしませんと宣言しているようなものであろう。そして、地下鉄事業を民営化するのに、なぜ大阪市そのものを廃止しなければならないのか、なぜ大阪府を大阪都にしなければならないのか、その理由も全くわからない。

 また、「敬老パス」は、「特別区の福祉予算の発行」というのだが、その適用範囲はどうなるのだろうか。たとえば、京阪電車は〈南区〉や〈湾岸区〉を通っていないし、南海電車は〈北区〉、〈湾岸区〉、〈東区〉を通らない。阪急電車は、〈東区〉、〈中央区〉、〈南区〉を通らないし、阪神電車は、〈南区〉と〈東区〉を通らない。そして、近鉄電車は〈湾岸区〉と〈北区〉を通らないのである。それにも関わらず、たとえば〈東区〉は、自区内を通らない阪急電車や阪神電車や南海電車でも使える敬老パスを発行するのだろうか。

 問題は、まだある。たしかに近鉄電車は〈東区〉を通っているのだが、区内に存在する駅は、鶴橋と今里の2つだけ、両駅間の距離は約2キロに過ぎない。だが、近鉄電車そのものは、名古屋まで続いているのだ。一方、敬老パスの適用範囲を大阪5区内とすれば、新たな問題も発生してくる。現在の大阪市営地下鉄は、すでに八尾市や門真市や守口市や東大阪市や堺市まで伸びているからである。

 極めつけは、「民間の鉄道会社への導入も可能となります」という表現だ。要するに、「可能」なのは間違いないのだが、実現するかどうかは別問題だというわけである。そんなことを言い出せば、予算さえあれば、非常に多くのことが「可能」になるだろう。これでは、説明にも何もなっていない。

 現在でも、「株式会社スルッとKANSAI」が展開するICカード(PiTaPaカード)や、プリペイドカード(スルッとKANSAI対応カード)は、大阪市営地下鉄でも「民間の鉄道会社」でも使用可能である。つまり、市営交通と「民間の鉄道会社」の両方で使える「パス」くらい、そんなに大騒ぎしなくとも、予算さえあれば発行可能なのである。

 以上は、ほんの小さな例かもしれない。しかし、一事が万事である。橋下氏や大阪維新の会は、やたら能弁であるが、具体的な中身は極めて空虚なのである。どう考えても、実際に何をしたいのか、全く理解できない。住民投票の反対多数でストップをかけたとは言え、我々には、まだ長い廃炉作業が残されている。われわれは、大阪市民の間に生じた深い亀裂を、粘り強く修復していかなければならない。

やくしいん・ひとし 1961年大阪市生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程(教育社会学)中退。京都大学助手、帝塚山学院大学専任講師、同助教授を経て、2007年より同大学教授。主な専攻分野は社会学理論、現代社会論、教育社会学。